エピローグ 少年の記憶
「ありがとね、正次」
そう言って笑う文菜の笑顔は、本当にまぶしくてきれいなのだった。
この顔を見るのが大好きだから、正次は文菜も買っているだろうことを百も承知でどんぐりあめを買って、渡す。
そしてそのたびに思うのだ。
あのとき持っていたのが、文菜が好きなもので本当に良かった。
数年前の巫女祭り、いつものように、勝負を挑んだ。
川の上に倒れていた木の上を渡り、向こう岸まで行く勝負。
先方は俺。
ゴール手前で調子に垂って、片足立ちして、足をすべらせ川へと落ちた。
大人に助けられ、毛布にくるまっているところに文菜が歩いてきた時は、バカにして笑いに来たのだと疑わなかった。
けど、違った。
文菜は泣いた。
「生きてて良かった」
そう繰り返して。
いつも強気な文菜が泣くところなんて、初めて見た。
自分が泣かせているのだと思ったら、自分までノドが痛くなってきた。
なにかないかと慌てて探したら、ポケットから今日買ったどんぐりあめが出てきた。
幸い、ビニール袋の口はしっかりしばってあって、水は入り込んでいなかった。
『これやる。だから泣くな!』
びっくりしたように目を丸くして、
次には笑ってくれた。
今もおんなじ。
見てるこっちがうれしくなる笑みだ。
だから答える。
「こちらこそ」
いっしょに笑って。
「え? じゃぁ、正次君は文菜さんのどんぐりあめ好きが自分のせいだって知らないの?」
「そ。あの事件の前からどんぐりあめ好きだった、って信じて疑ってない」
「文菜自身、ショックであん時のことあんま覚えてないみたいだし」
「だからかえって記憶が美化されて、あーんなにどんぐりあめ好きになっちゃったのかもしれないよねー」
笑顔でどんぐりあめを食べあっていたはずの二人が、正次の暴走発言のせいでいつもの騒ぎに発展するまで、四人の傍観者はそんな会話をしていたとか。
〈 狂うほどに好きなもの : 完 〉