3.狂うほどに好きなもの
「お、遅くなってごめんっ!」
息せききって駆けてきた文菜が、すでに待ち合わせ場所に来ていた二人に、息も絶え絶えに謝罪する。
「平気だよー。五分も遅刻してないよ」
「そうそう。そんなにあせるほどのもんじゃないって」
「け、けど遅刻にはかわりないし……ごめんね、本当。今朝すごい寝癖で……」
「ああ、文菜ちゃんの髪って、はねるとすごいことになるよねー」
「修学旅行の朝も……」
「やめてっ! そのことを思い出させないでーっ!」
そんな会話をしながら歩き出した三人を、物陰からこっそりうかがう三人組がいた。
「ああ……制服姿の文菜もいいけど、やっぱ私服もいいよな――……」
慌惚とため息をつく正次に、あとの二人は顔を見合わせ、そろってため息をつく。
「とくに今日は、旅行のときとかにしか着ないワンピース! 似合うな〜。かわいいな〜」
つきあいが長いだけあってか、文菜の持っている服についてまで詳しい。
「って、今日そんな服を着てるってことは、やはり九星の顔だけいい生徒会役員に……
そんな! 文菜早まるな――――――――――――――っ!」
「って、正次スと〜っぷっ!」
駆け出そうとする正次を、二人のうちの一人が襟首をつかんで止めた。
「なにするんだよ、ビン太! 早く行かないと文菜が顔だけ良くって性格悪の男の毒牙に……」
「ここで出てこうが、後から出てこうがオレはどっちでもいいんだけどさー、わざわざ隠れて待ちぶせるって言ったのは、お前じゃなかったっけ?」
「はっ! そうだった!」
ビン太――本名は了太というのだが、小学生のとき、ある女子からビン太を食らって大泣きして以来、このあだ名が定着してしまった――の言葉で我に帰り、正次は駆け出そうとジタバタさせていた足をとめた。
「どういうつもりで隠れてるのかは、そろそろ説明してもらえんのかな?」
ビン太は抵抗のなくなった右手を正次から放し、自分の短い髪をかき回した。
「うん。よくぞ聞いてくれた!」
今まで何度聞いても答えてくれなかったくせに、今更そう言うか……
ビン太ともう一人――長めのさらさらの髪をした、正次に負けず劣らず童顔の少年は、再び顔を見合わせた。
「今文菜は、ひ、じょーっに、危険な状態だっ! 一枝や洋子の口車に乗り、ただ美形なだけの九星生徒会役員に興味をもとうとしているっ」
「ただ美形なだけ、ってことはないよね」
「生徒会役員、だからな」
二人がぽそぽそ呟くが、正次の耳には全く入らない。
「ここは一つ、文菜にオレという相性ばっちりの運命の相手がいることを思い出してもらい、どこの馬の骨とも知れぬ九星の生徒会役員に興味を持つことを止めよう、というわけだ!」
「相性ばっちり……どこかで占いでもしたことあるの?」
「ああ、あったよ。小等部一年のときだったかなぁ。商店街の縁日で文菜んちのおじさんが占いやってそんなこと言った。……ま、あんときは文菜も正次も否定しまくって大ゲンカになったけど。
そして夫婦ゲンカだとからかわれた」
「ヘー。そんなことがあったんだ」
中学から新鮮に転入してきた少年は、呆れも感心もこもっていないような捧読み声を上げた。
「さあ、ビン太、英助、これをかぶるんだっ!!」
マイペースに話を続ける正次が取り出したのは、節分のときに使われるような、鬼のお面だった。
「――かぶって、どうするの?」
条件反財でお面を受け取る英助――長めの髪をした少年――の問いに、正次は胸を張り答える。
「文菜たちを柄悪くナンパするんだっ! そこヘオレが駆けつけてお前らをボコる!」
「殴られ損役かっ!?」
「ヒン太君、そこにつっこむ!? 絶対ばれると思うなあ、僕は……」
そもそも、こんなお面をかぶってナンパする人なんて……ぶつぶつ呟く英助に、正次はやっぱり自信満々に、
「なーにばれるのも計算のうち!『そこまでしてわたしたちのことを……』って瞳の一つでもうるませればこっちのもの!」
「うるむと思うか?」
「真っ赤になると思う。怒って」
「えーいぐだぐだ言うな! やってみなけりゃ分からない!
女は度胸、男も度胸だ! 当たって砕けろれでいごーっ!!!!!」
すっかりハイテンションになり叫んだ正次が指さした先には、突然指をさされ、びくっと震えたそば屋の配達の兄ちゃん一人……
「ふ、文菜たちがそば屋のカズさんに変身した――――――――――――――っ!?」
「……正次って、本当に人に勉強教えられるほど頭いいのか?」
「……それとこれとは、使う部分が違うんじゃない?」
驚愕に震える正次の背中を、ぼ〜っと眺めるビン太と英助は、ぽつりぽつりと呟いた。
ちょうどそのころ、正次が「変身? まさか宇宙人!? それでもオレは――」などと叫び続け、ビン太と英助に止められていることなど夢にも思わない文菜たちは、九星学院文化祭の入場門をくぐっていた。
「うわー。盛況だねー」
広いグラウンドには、屋台が何列も並んでいた。手作り感や店番の若さから生徒のものと分かるものもあれば(九星は私服校なので、服装から生徒であると判断することはできないけど)、地元のまつりの縁日で見たことのあるプロの屋台もある。
その間を行き交い、覗き込む人々は、文菜たちと同年代の少年少女はもちろん、家族連れやお年寄りもいる。
「うーん……ふとした疑問だけど、生徒の屋台はプロの屋台にかなうんでしょーか?」
店を見て歩きながら、文菜が素朴な疑問を口にした。
生徒VSプロに限らず、焼きそぱやクレープといった定番ものは、かぶっている店がちょっと見ただけでもけっこうあった。屋台の数が多いだけある。
「売り上げがすべて、じゃないから別にいいんじゃない?
……じゃなくて、九星の学院祭に来る女性客の目的は、おいしい屋台じゃないから大丈夫、か」
言い直す一枝の視線の先には、大盛況のクレープ屋があった。紙に手書きの看板で生徒の屋台とよく分かる。客は全員十代と思わしき女の子で、黒山と化した彼女たちの頭の向こうに見える店員は、さわやか笑顔をキラキラふりまく長髪の男性――
「あー、あれって、若い先生かなにかかなー?」
「九星のうりって、本っ当に美形が多いってことなの!?」
「さーねー……」
花より団子(男子ではない)の三人娘は、ごにょごにょ話し合いながらクレープ屋を通り過ぎた。
数十分後――
「文菜どこだ――――――――――――――っ!」
九星学院中等部B棟、四階にある特別教室に作られた展望室で、正次は段ボールでできた展望鏡の先をふりまわしまくっていた。
「……これって、壊したら弁証かなあ……」
「分別のつかない小さい子だって使うんだ。そのくらい製作者も覚悟の上さ」
少し離れたベンチに座った英助とビン太は、分別のつかない中学一年生を見つめて何度目か分からないため息をついた。
文菜たちは変身したわけではなく、もう九星に行ったのだと二人に言い聞かされた正次は、「オレが見てないところで文菜に危険が!?」と、慌てて九星にやってきていた。
まずは会場を一周して文菜たちを探そうとしたが、「向こうも動いてるんだから」と英助に止められた。そこで正次は少し冷静さを取り戻した。
まずは文菜と再開したときのために、必要最低限の買い物を済ませることにする。ビン太には「どうせ文菜も買ってるぞ」といつものように言われたが、こちらの誠意を見せることが目的なのでかまわない。
「正次、いつもわたしのために……ありがとう!(がばちょ)」となることも、うっすらと期待してしっかり購入する。(誠意……?)
それから本部へ行って、迷子のお知らせを頼もうとしたが……係の女生徒が正次の動機は不純だと言い、放送をかけてくれなかった。
しつこい男は嫌いらしい。
それではやはり、自分たちで探すしかない、ということになり、三人は展望室にやって来たのだった。
「……なあ、まっちゃん。まっちゃんて、ど〜してそんなに文菜がいいわけ?」
展望鏡を振りまわすのにつかれたのか、トボトボと二人の方へ歩いてきた正次に、ビン太はたまりかねて尋ねた。
正次とは長い付き合いだ。文菜と正次の関係と同じで、生まれた時からと言ってもいい。だから悪い奴だとは思っていない。いい所をいっぱい知っている。
が、今日のように文菜関連で振りまわされるのには、いい加減疲れていた。恋愛の「れ」の字もかじったことのないビン太には、正次の文菜に対する執着っぷりがイマイチ理解できない。
いや、好きな女子がいると言う他の男子でも、正次ほどの暴走を見せる者はいない。
今日は一つ、何がそこまで正次を暴走させるのか問いただしてみようと思ったのだ。
「どこがいいって……」
「かわいいったって十人並みだろ? むしろかわいいっつーより、かっこいいとか怖いとかって印象の方が強いくらいだし……そういうとこがいいのか?」
本人がいないと思い、ずかずか失礼なことを言う男、ビン太。
「そう思うだろ?」と話をふられた英助は、
「えっと……うーん、かわいくないとは思わないけど、僕は……ちゃんの方が……ごにょごにょ」
うおっ! いつの間にかこん中で初恋してないのオレだけっ!?
思わぬところで思わぬ真実を知ってしまった。
「何言ってんだよ!」
正次の怒ったような声に、赤くなった英助を観察していたビン太は慌てて振り向いた。
「世界で一番かわいいのは文菜に決まってるだろーがっ!!!!!」
ああ……これだから、お前に白雪姫の鏡役は任せられない。
拳を握り締め力説する正次に、ビン太は心の中で呟いた。
「オレは……」
力説していた正次が、不意に下を向いた。
「文菜のそばにいたいんだ」
「まっちゃん……」
と思ったら、次の瞬間顔を上げ、
「何より! 文菜が他の男どいっしょいるとむっしょ〜にムカツクんだ――――――――――――――っ!」
このムカツキにより、善良な教師に被害が及んだことあり。
正次の大声に、展望室にいる他の客の視線が集まり始め、ビン太と英助は慌てて正次の口を押さえた。