「文菜―――――――――っ!」
「うわっ」
二人の友人と三台の机を囲んで昼食をとっていた少女――文菜は、突如目の前に出現した正次を見て声を上げた。
長いボリュームのある黒髪を三つ編みにした、利発そうな顔つきの少女だ。
その利発そうな目が今は、公共の場でぷかぷか煙草をふかすハタ迷惑なオヤジを睨みつけるように細められていた。
先ほど上げた声というのも、驚きの声ではなく、嫌そ〜な「うわっ」だった。
「あー、まっちゃん、いらっしゃーい」
「今日はどーしたー?」
文菜の友人二人は、目を丸くすることなく自分たちの背後に現れた「まっちゃん」こと正次に声をかけた。
彼女たちにとって――いや、このクラスの全員にとって、正次の「瞬問移動」は日常茶飯事であり、いちいちオーバーリアクションで反応すべきような事象ではないのだ。
正次が大声を上げた時は、クラス中の視線が一瞬彼に集まったが、みんな「またか」とか「あいかわらずだな〜」とか「まったく、騒がしい奴め」などと眩きながらそれぞれの世界へと帰っていった。
最初から、今この瞬問も自分の世界を確立しきっている正次はというと、
「く、九星の文化祭に行くって言ったけど、まさか、まさか――」
うつむき、うち震えた声を上げる。
「まっちゃん、あいかわらず地獄耳だねー」
「文菜関係限定だけど」
文菜といっしょに机を囲む二人が上げる声は無視して、正次は言葉を続けた。
今度は面をきっと上げ、眉は逆八、真剣な眼差しで、文菜の黒瞳ひた見つめ、
「美形の生徒会役員が目当てなのかっ!?」
「あのねー、そんなわけ……」
文菜はうっとーしそーに、場違いに深刻な正次の顔を見上げ答えようとし……少し考えるそぶりを見せてからあらためて答えた。
「もちろんっ! 生徒会役員じゃなくても九星にはかっこいい人が多いっていうし、
運命の出会いがあるかもしれないものねっ!」
わざわざ席から立ち上がり、窓際に立って手を組んで、あさって方向うっとり眺め――
なんて演出つきで。
「なに言ってんだよっ!?」
正次は慌てて声を荒げた。
「文菜にはオレという者が――」
「勝手に決めんな」
(間、コンマ〇〇五秒)
文菜は正次の言葉を瞬殺するとともに、振り向きジト目で彼を見やった。
つかつか、と歩み寄り、自分よりも背の低い彼を見下すように睨みつけ、
「口にタコができるほど言い続けてることだけど、わたしはあんたのことなんか、
ちっとも、
つっとも、
なんとも、
かんとも、
いっさい、
がっさい、
へとも思ってないのよ!」
一音節ごとにすごみのきいた声と視線とにつめよられ、正次は机のすき間をあとじさった。
「ふ、文菜……」
うろたえた視線で鋭い視線を見上げる。
「わかった、わかったよ、文菜……」
言いながらうつむいた正次は、片手を近くの机についた(その席を使っている生徒が迷惑そうに正次を見上げた)。
「こうなったら……」
ぱっと顔を上げ、左のこぶしを胸にあて、
「二人で九星の文化祭に行こう! でもってオレたちの相思相愛っぷりを見せつけて、誰にも手だしできないように――」
「なんでそーなるのよっ!」
クアーンッ!
瞳を輝かせて肩を抱いてきた正次を、金属製の弁当箱のふたが昏倒させた。
「一枝ちゃん、洋子ちゃん、あさっては三人で行こうねー」
「うん。行こうねー♪」
……これはこのクラスの日常茶飯事。
学年二位の筋力を誇る文菜につっこみを入れられて正次が床に倒れこもうとも、心配して駆け寄るものは、いまやいない……。