5.狂うほどに好きなもの2
「じゃ、本当に本当に、あいつは恋人でもなんでもないんだなっ!?」
「はいはい。違うったら違うわよ」
何十回目か分からない同じ質問に、文菜は心底うんざりとして投げやりに答えた。
場所はさっきまでと同じどんぐりあめ屋の前のベンチ。隣に座る相手が、広平から、復活した正次に変わっただけだ。
どんぐりあめ屋で待っていれば、一枝たちは来てくれるはず!
すでに一度破ってしまった「約束」を今度こそは守ろうと、文菜はそこから動くわけにはいかなかった。
一件目のどんぐりあめ屋を動かなければ、もっと早く二人と合流することができただろうか?
だとしたら、この苦行……延々と一人で正次の相手をさせられるという苦行は、その報い、なのかもしれない。
一人で熱く語ってくれているだけなら「今日の晩ご飯は何かな〜」と放心して過ごすことも可能なのだが、
「恋人って本当なのか!?」
と疑問口調でこられると、返事をするまで正次は許してくれない。
そんなわけで、何度も何度も同じ質問をしてくる正次に、仕方なく、文菜も何度も何度も同じ返事を返すのだった。
「……早く来てよ、二人ともお……」
情けない声ももれようというものだ。
が、なーにを勘違いするのか、正次はこんな感じに反応する。
「心配なんかいらないって! 何かあってもオレ一人で文菜のことは守ってみせるから!」
正次が一人いるだけで、平和な生活を妨害されてる気がしまーす。
と、そこで、投げやりな気分でいっぱいだった文菜は、ようやくあることに気が付いた。
「正次、一人でここに来たの?」
正次は、小さいころからどこかへ行く時はたいがいビン太と、中学に入ってからはプラス英助といっしょにいたはずだ。
そのことを知っている文菜は、正次が一人でいることを不思議に思ったのだ。
文菜の方から問いかけると、正次はきょとん、とし、しばらく考える素振りを見せてから首をふった。
「ううん。ビン太と英助といっしょに来た。それから一枝と洋子に会って、文菜がいなくなったって聞いて――」
「ちょ――そういうことは早く言いなさいよ! 一枝たちどこにいるの!?」
「待ってない、待ってない! つか、待たなきゃ行けないのはオレらの方!」
文菜につめよられ、正次は上体を後退させながら説明した。
「どんぐりあめ屋が三つあるから、手分けして文菜探すことになったんだよ。一度一枝たちが探したけど、そんときは文菜も移動してたせいで見つからなかったんじゃないかって話になって、文菜見つけたら動かずそこで待つように言うことになったんだ。
それにしても、手分けしたときにオレがここを選んだのは、やっぱり文菜とオレが――」
得意になって話しだそうとした正次の言葉を、不吉な展開を予感させる文菜の声が遮った。
「どんぐりあめ屋が――三つ……」
ゆらりっと立ち上がる文菜の腕に、正次は大慌てですがりついた。
「ま、待った待った文菜ーっ! 動いちゃだめだって! その店のなら、ちゃんと全種類
買ってあるから――――――っ!」
「だ、だって、三つ目のお店も一期一会の……って、え? 買ってあるの?」
一瞬でどんぐりあめになっていた文菜の目が、すうっと普段の色に戻っていった。
正次はいろんな意味で自分の行動は正しかったと息をつく。
「そ。こんなことになる……とは思ってなかったけど、文菜は絶対どんぐりあめ
欲しがると思ってたから」
ほら、と言って、正次は肩かけ鞄の中から、三袋のどんぐりあめを取り出した。
「これがいつも祭りにもきてくれるおじさんのとこのだろ。それからここの店の。
んで三つ目のがこれ」
「あ、ありがと……」
またどんぐりあめのせいで行方をくらましてしまうところだった。
情けないやら恥ずかしいやらで文菜は赤くなりながら、正次が買ってきてくれたどんぐりあめを受け取った。
自分が暴走してうろちょろしているうちに、正次なんかがきっちりすべてのどんぐりあめを制覇していたとは……
「どうやってって……パンフにちゃんと載ってるし」
ああ、そうだった。どうしてそんなことにも気付かないんだろう……
なんだか恥ずかしさを通り越して鬱になってくる。
「なんでわたし、こんなにどんぐりあめ好きなのかなあ……」
ため息と共に呟くと、お気楽な声が返ってきた。
「なんでって――好きなものは好きなんだから、どうしようもないんじゃねーの?」
「それにしたって、わたし、絶対おかしいじゃない! どんぐりあめ一つ――って言うのはおかしいか。とにかく、どんぐりあめなんかのためにみんなに迷惑かけまくってさ。
本ッ当なにしてるんだか……」
うつむいたまま、受け取ったばかりのどんぐりあめ――自分を狂わせるもの――の袋を握り締める。
今までだって何度もあったことなのに、急に、辛くなってきた。
一袋のお菓子にふりまわされる自分。
そんな自分にふりまわされる友達は、自分のことをどう思っているのだろう?
人に迷惑をかけるような「好き」なんて――
「食べろよ。どんぐりあめ」
「えっ――?」
なにげない口調で言われ、文菜は顔を上げた。
正次は、笑っていた。
「食べれば分かるんじゃねーの? 好きな理由」
言って先に一つのあめを口に放りこむ。
ほほを膨らませた満足そうな笑みが、文菜にも早く食べるよう催促する。
「……」
握り締めた袋を、開いて、一つ取り出した。
目を閉じ、口に入れる。
甘い味。
『これやる。だから泣くな』
声が聞こえた。
顔が見えた。
そっぽを向いた、ちょっと悲しそうなのを、強がって見せている顔。
びっくりして、けど、
ほっとして、
嫌なことを忘れて安心させてくれる記憶――
目を開けると、数瞬前と同じはずなのに、ちょっと違って見える風景。
隣を向けば、うれしそうに笑っている、小さい頃からよく知っている顔。
気恥ずかしいと思うことも、なんでこんな奴に、と思うこともなく、自然に言葉が口をついた。
「ありがとね、正次」
「こちらこそ」
よく知った笑顔が、そう答えた。