「あ、そうだ! キャラメルの変わりにこれ食べま……ない?」
学年が同じだと分かったとたんロ調を変えるのも変な気がするし、かといって同い年で敬語使うのも他人行儀で変な感じだし……言葉使いに悩んだまま、文菜は買ったばかりのどんぐりあめとは別のどんぐりあめの袋を差し出した。
「ありがとう、文菜ちゃん。やっぱり、店によって味が達うのかな?」
笑顔で言われた言葉に、相手――広平もすでにどんぐりあめを買っていたのだと思い出しはっとしたが、
「そうそう、違うかもしれないから!」
話を合わせてごまかすことにした。
文菜が差し出した袋から、広平があめを一つとり、口に入れる。
それを見た文菜は、自分も同じ袋からあめを取り出し口に入れた。
甘い味がひろがって、充足感が広がっていく――
「本当に好きなんだね、このあめ」
「えっ――」
「すごくおいしそうに食べてるから。甘党?」
「あっ、その……味が、というよりちょっと思い出がありまして……」
頬をかく文菜の言葉に、広平の目が好奇心に輝いた。
「良かったら聞きたいな。どんな思い出?」
きらきらと輝く期待の視線を裏切るのは悪い気がするし、話して減るものじゃなし。
文菜は新しい友達に、そのことを話すことにした。
小さいころのことでよく覚えてないんだけど……
何かすごく怖い目にあって、大泣きしちゃったことがあるの。
その時に、いつも「勝負だ!」って言ってはつっかかってきてた男の子がくれたのが、どんぐりあめだった。
その日はお祭りの日で、夜店が出てて、そこで買ったのをくれたみたい。
「こいつがこんなことするんだって、びっくりしたのとうれしいのと両方で泣きやんじゃった」
「……か……」
「え? どうかした?」
いつの間にか、広平は複雑な表情を浮かべていた。
なにか変なことでも言っただろうかと問いかけると、「なんでもないよ」と笑顔に戻る。
「ただ……」
「ただ?」
「悔しいな、って」
「悔しいってなにが……」
それ以上、文菜は広平と言葉を交わすことができなくなった。
狩人は標的を捉えた。
もともと速かったスピードをさらに上げる。
景色が飛び、正面の二つの人影が近づく。
ベンチに座り、親しげに会話する男女。
狩人が攻撃したのは女の方だった。
「文菜はオレのもんだっ!」
キーンッと耳鴫りがして、文菜は一瞬何が何だか分からなくなった。
耳もとで、誰かが叫んだからだ。
誰か……誰かって……身長が変わらないからって、シーズンが来る度に何年も着続けてるこの長袖シャツの腕を、しっかり巻きつけてきてる奴っていったら……
「なにすんのよ! この騒音公害!!」
文菜は持っていた鞄で迷わず――ほとんど条件反射――正次を殴り倒していた。
はあ、はあ、はあ……
熱いのは、広平の目の前で抱きつかれ恥ずかしかったからか、それとも怒ったからか。
それとも、広平の目の前で正次を殴ってしまったことに気付いて、やっばり恥ずかしくなったからか……
どれにしろ、立ち上がってベンチの後ろへ顔を向けた文菜は、広平の方に振り向く気になれなかった。
ベンチがきしむ音がし、広平も立ら上がったのだと分かる。次に降ってきたセリフは、文菜をしっかりと振り返らせた。
「彼だよね? どんぐりあめ王子」
「どう、だ、だれが王子!?」
「だから、ベンチの向こうで倒れてるその彼」
そのときの広平の笑顔は、文菜には初めて「意地悪そう」に見えた。
「……なに……」
昏倒されたはずの物体から、小さなうめき声が上がった。
そちらに視線を戻すと、手の下にあった石を握り締め、どうにかカを入れて立ち上がろうとしているようだった。
しばらくそうしてうごうごしていたが、あきらめたのか顔だけをきっと上げ、文菜の方を――いや、おそらく、文菜の後ろにいる広平の方をにらみつけ、
「文菜に変なことしたら承知しないから――」
「いっも変なことしてくんのは正次でしょーがっ!」
広平の前だろうがなんだろうが、やっぱり正次にはつっこまずにいられない文菜。
「ご、ごめんね、広平君。こいつものすごい勘違い野郎で――」
ずるずると正次のペースに引きずり込まれていくことを怖れた文菜は、振り向いて広平に謝罪した。
広平は意地悪さの消えた笑みで、
「かまわないよ。それだけ君のことを心配してたんだって分かるからね」
「いや、こいつの場合、その心配の方向がおそろしく間違った方向に向いているというか……」
「それでも、さ。それだけ大切にしてもらえるのは幸せなことだと思うよ」
「し、幸せ……?」
大声上げて追いまわされるなんて、不幸だとしか思えないよ、広平君……
そう思うのだが、にっこりと笑った広平に言われると、なんだか反論できなくなってしまう。
「じゃ、そろそろ僕は行くね。これから用事があるんだ」
「えっ?」
「じゃ」
「ちょ、ちょっと侍っ――」
文菜は、きびすを返して歩き出した広平を思わず追いかけそうになった。
声をかけられた広平が振り向く。文菜を――どこかさみしげな瞳で――見つめ、一瞬地面の正次にも目をやって、
「何、かな?」
「えっと……きょ、今日はありがとう。……それだけ」
それだけではないような気がした。
でも、言葉にできるものは、それだけしか思いつかなかった。
「こちらこそ」
文菜たちに背中を向ける一瞬前、文菜は広平がクスリと笑うのを見た。
そして完全に背中を向けた広平は、歩きながらこう言った。
「お幸せにね」
「! ち、ちが……」
「うーん。あいつ、けっこういい奴かも……」
げしっ
地面に倒れたまましみじみとうなずく正次の頭頂部に、白いスニーカーが踏み落とされた。