「あー! やっぱりまっちゃんだー」
遠巻きに立ち、何ごとかとこちらを見つめる人垣の中から、ひょっこりと前に出て正次たちに声をかける者がいた。
文菜といっしょに九星の文化祭をまわっているはずの洋子だ。
「まったく……恥ずかしい事しないでよね」
と言いながら、続いて一枝も姿を現す。
「せっかく他人のふりしようとしてたのに……」
ちらりと洋子に視線を向ける。
「まーまー。本当は他人じゃないんだし」
洋子が止める間もなく出て行ってしまったらしい。
「ひどいな一枝ー。同じ釜の飯を食った仲なのに」
「商店街の旅行? それとも修学旅行の話?」
「巫女祭りの大鍋!」
「あーあれ、おいしいよねー」
「みこまつり?」
「毎年秋にあるんだよ。今年ももうすぐあるから、英助もいっしょに行こうな!」
「う、うん!」
「って、巫女祭りで盛り上がってる場合かーっ!」
「うわっ!?」
地元の秋祭りの話で盛り上がっていた四人の真ん中に、正次が飛び込んできた。
「祭りより文菜! 文菜どこにいるんだよ!? お前らといっしょにいるはずだーって思って探したけど、どこにもいないぞっ!」
それで今まで静かだったらしい。
「ああ、文菜なら……」
一枝が言葉を切り、洋子が受け継いだ。
「現在行方不明。目下捜索中〜」
「文菜――――――――――っ!」
叫んで駆け出そうとする正次を、
「まあまあ、まずは詳しい話を聞いてよ」
洋子が腕をつかんでおしとどめた。
筋力学年一位はだてじゃない。
その後、洋子と一枝がした詳しい話は、正次の感情天気予報に
悪化の一途をたどらせた。
話は、文菜が姿を消したところから始まった。
「消えたあ?」
洋子に腕をつかまれたまま、正次は眉をひそめた。
「というか、いつの間にかいなくなってたの」
「原因は想像つくっしょ? ここは縁日といっしょだ、って考えれば」
一枝の言葉に、男子三人はこっくり、とうなずいた。
文菜には、大好きなものがある。
それを見つけるとまわりがまったく目が入らなくなるのは、文菜を見つけたときの正次に勝るとも劣らず……いや、正直に言おう。
ぜったい文菜の方がすごい。
「きっと今日も、ちょっと目に入った瞬間に飛んでっちゃんたんだと思うんよ、どんぐりあめの屋台に」
どんぐりあめ……縁日でお馴染み、どんぐりというわりに形はまんまるの球体で、カラフルに色づけされ、白い砂糖をまぶされた飴のお菓子。
文菜にとって「縁日になくてはならないもの」で、それのない縁日があった日には、彼女は街一つ破壊するに違いない……と、冗談めいたウワサが飛びかうほど、文菜のどんぐりあめ好きは重症かつ有名だった。
「盆踊り大会でもこんなことあったよね」
ほんの二、三カ月前の出来事を思い出し、英助はぽつりと眩いた。その事件があり、どれほど文菜が小さいころからどんぐりあめ好きであるのかを正次たちに聞かされたからこそ、同じ商店街出身でない彼でも「縁日→どんぐりあめ→文菜暴走」の連想を行えたのである。
「あの時は文菜に『どんぐりあめを買って我に返ったら、動かずそこで待ってるように!』って最初に言いつけておいたからすぐ見つけられたんだけど……」
「なにぃっ!? そーだったのか! じゃあ今からさっそくどんぐりあめ屋に……」
正次は駆け出そうとし、
「せっかちだねー、まっちゃん。まだ続きがあるからもう少し待ってよ」
やっぱり洋子につかまれ止められた。
「パンフレットもらって確かめたけど、三つあるどんぐり屋のうちどこにも文菜はいなかった」
「移動してる時に行ったんじゃねーの?」
「それも考えたんだけど、その中の一つが知ってる人の……ほら、さっき話してた巫女祭りに毎年来てる人の屋台でね、話を聞いてみたら文菜、さっきまでいたって言うの」
「文菜さんはちゃんと洋子さんたちとの約束を守ろうとしてたんだね。けど、いなくなっちゃった……?」
状況を整理するようにつぶやく英助。
「それがなんと……」
一枝は意味深に言葉をきり、洋子に目をやった。
「なーんと、若くてかっこいい男の人に声かけて、二人で仲良さそうにどこかに歩いて行っちゃったんだってー」
「――――――――――――――――――――っ!」
正次は声にならない悲鳴とともに窓から飛び降りようとした(校庭に行くための最短距離だと思ったらしい)が、
「おじさんねー、『文菜ちゃん、いつの間にあんなかっこいい彼氏つくったんだい?』って笑って話してたよ〜」
笑顔で語る洋子の手は、まったく振りほどくことができなかった。
「ご、拷問……」
「言うな、英助。今放したら正次死ぬから」
文菜を連れていった奴は、顔がいいだけの腹黒全開の奴に違いない。
「言葉たくみに説き伏せられて、別れ際にサイフがないと気付いてももう遅い! 教えられた電話番号は『現在使われておりません』。
よーし文菜、今夜はオレがなぐさめてやる!
でもって文菜をだました男は四万回殺す!
だから洋子、いい加減手はなしてくれってば!!」
正次が笑顔のとらばさみを外すには、今しばらくの時間を要した。