4.満喫しようよ文化祭
それでは、ことの真相を探るために、一枝たちとはぐれたばかりの文菜を時間を巻き戻して見てみよう。
「はい、文菜ちゃん。サービスしといたからね」
「わー、ありがとう、おじさーん♪」
顔なじみの屋台のおじさんからどんぐりあめの入った袋を受け取り、文菜は十近く若返ったような笑みを浮かべた。
「今日も他の友達とはぐれた口かい?」
ぴしっ
にやりと笑ったおじさんの言葉に文菜は固まった。
はい、そのとーりです。
いつもこうなのだ。
ちらっとでもどんぐりあめ屋の看板らしきものを見っけると、なにもかも忘れてそちらにダッシュしてしまう。
目を輝かせて店先にならんだどんぐりあめを全種類買い占めて、透明な袋を腕にぶら下げた時にはっとする。
ああ、またやってしまった、と。
(なんで治らないかなー、人に迷惑かけるって分かってるはずなのに……)
落ち込む気分を抑えてかくし、文菜は笑顔で顔を上げた。
「うん。またはぐれて釆ちゃった。またここで待たせてもらうね」
「ああ、好きなだけ待っててくれ」
おじさんはカラカラと笑った。
身の縮む文菜であった。
身が縮むのは、恥ずかしさからだけではなかった。
一枝や洋子といった気心の知れた友達といっしょにいるときには、決して感じない不安、恐怖。
それらが一人になったとたん、波のように押し寄せてくるのだ。
人に見られている気がする。
今朝悪戦苦闘した寝癖は、再び立ったりしていないだろうか?
ああそうだ、待ち合わせ場所へと向かうときと、今ここに来るまでと二回も走ってしまっている。風を受けて立ってしまったかもしれない。
この服装はどうなのだろう?
自分ではお気に入りの青いワンピース。でも、他の人から見たら浮いていないだろうか?
何が当たり前の服装で、何が変わった服装なのか、正直なところよく分からない。
人の視線がこわくて下を向きがちな目を一瞬上げた時、それが、目に入ってしまった。
「あ、あれは――」
間違いない。どんぐりあめ!
色白の手に緑色の細いひもを握られ、白い紙ぶくろを背景にゆらゆら揺れるビニール袋。中にあるのは、カラフルな球体。
その模様は、今背後にあるどんぐりあめ屋で全種類を制覇したはずの文菜にも見覚えのないものだった。
ま、まさか――
文菜は最初に店をまわったときに、焼きそばやクレープの店がいくつもあったことを思い出した。
どんぐりあめだって立派な定番だ。かぶらないはずがないっ!
「世界で一番人気のある屋台はどんぐりあめ屋!」と言い出しかねない文菜は、とうとうその結論に達した。
どんぐりあめ屋は、この見知ったおじさんの屋台一つではないのだ。
どこか別の場所に、まだ見ぬ――生徒の作でもなんでもいい!――どんぐりあめたちが!
などと考えているうちに、ゆらゆら揺れるどんぐりあめの袋――もとい、それを持った人物が歩き去ろうとしている。
いつか人ごみにまぎれ、その(どんぐりあめの)姿を永遠に見失ってしまうかもしれない。
そうなったら、今日の文化祭でしかお目にかかれない、一期一会のどんぐりあめとの出会いをふいにしてしまう――
パンフレットさえ見れば、どんぐりあめ屋がいくつあるかやどこにあるかなんてすぐに分かるって。
あいにく、イッちゃった文菜にそう教える冷静な天の声は降らなかった。
今を、今を逃すわけにはいかないっ!
文菜は『どんぐりあめ屋で待つ』約束を忘れ、どんぐりあめの袋(をぶらさげた人)に向かって駆け出した。
「あ、あの、すみませんっ!」
息切れではなく、見知らぬ人に声をかけるという緊張感から、文菜は上ずった声を上げてしまった。
が、「どんぐりあめラブ・モード」の文菜は、ちょっとやそっとの失態にめげて落ち込んだりはしない!
なにか用ですか? と尋ねる相手にきっぱりと答えた。
「そのどんぐりあめを買った場所、ぜひ教えてほしいんです!」
相手は初め意外そうな顔をしていたが、真剣な――ことによっては、背後にオーラ立ち上ってそうな――文菜の様子に気付いてか、快く引き受けてくれた。
向こうだよ、と言って歩き出す相手に、文菜も続いて歩き出す。
まだ見ぬどんぐりあめに向かううれしさで、文菜の顔はこれ以上となくほころんでいた。
そんな彼女の顔を見て、相手は恋人だと思い込んだどんぐりあめ屋のおじさんに罪はあるまい……