ページ8 そして十分後、 土波と火波は二人で廊下を歩いていた。 教室に四人を置き去りにして。 四人の動作が大きくなって蝋燭が倒れると危険なので、蝋燭を片付けたり、 代わりに電気をつけたりしていたのだが、 それが終わると暇になり、二人は帰ることにしたのだ。 薄情とはいうなかれ。 声を掛けても黙っていろと怒鳴られるだけなのでどうしようもない。 「なんか、金波さんってよく口喧嘩してない? 無口な冥波さんまで喋らせるし」 「うーん……ケンカというか、スキンシップみたいなモノなのかも知れないっすよ。 クラスでもよく男子と言い合いしてるし……」 「クラスでもっ!?」 しばらくは、そうした生徒会役員についての話をしていたのだが、 土波がふいに今日の怪談の話に触れた。 「この怪談は作り話だとしても、戦争は本当にあったんだよね……」 ぽつりと呟き、うつむく。 誇張でもなんでもない、過去の事実。 世界の七割を死の土地にした核戦争。 「俺……戦争も核兵器も許せない! 核兵器を使わせた指導者も、実際に使った 軍の兵一人一人も」 歴史で戦争を習った時、土波が最初に抱いた感情は恐怖だった。 映像の中の人々が、まるで自分の名を呼んでいるような錯覚。 しかしそれは、すぐに戦争を起こした者達への怒りへと変わった。 あの映像の中には、兵士でもなんでもない、ただ平和に暮らす事を願っていた 人達がたくさんいるのに……。 もし今日聞いた話が実話だったとしたら、土波は喜んで被爆者たちの存在を 証明しようとしたかも知れない。 恐怖を乗り越えて、彼らを救おうと努力したかもしれない。 「しかたないっすよ……」 ――! 「仕方ないって――」 火波の言葉を聞き、土波は顔を上げた。 まさかそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。 同意してもらえるとばかり思っていた。 不条理さを感じ、火波にくってかかる。 「戦争が起こるのがどうしようもないっていうのか!? 所詮人は 人を信じきれないって!?」 「ちがうよ」 火波は、穏やかな目で土波を見詰めていた。 「違うよ。オレが言いたいのはそういうことじゃない。 オレが言いたいのは……すでに終わった過去のことは もう変えられないってことなんだよ。いくら過去の人間を呪っても」 「それは……」 確かにそうだけど……。 「歴史の授業で戦争を詳しく扱うのも、夢に見るような映像を見せるのも、 過去のできごとに文句を言うためじゃないよ。 戦争の怖さを知って、もう二度と繰り返さないと思わせるためだと思うんだ。 ……過去はどうにもならないけどさ、今とこれからは、オレたちが 平和にしていくんだよ。きっと」 二人は何時の間にか立ち止まっていた。 火波が静かに語るのに、土波は耳を傾ける。 「土波くん、今日は様子が変だよ。いつも友達と信頼し合わなきゃいけないって 言ってたよね? それでいいんじゃないかな。 それが世界中に広められたら、世界平和につながるんだよ。 ……って、なんかオレ、すごい変なこと言ってるかな」 照れ笑いを浮かべる火波に、土波は左右に首を振った。 「俺……火波さんの言う通りだよ。戦争の事になると、あの映像思い出して、 怖くなって、嫌になって……」 「無理ないよ。オレもあの映像見た夜眠れなかったし……」 「火波さんも!?」 金波は「火波よりも後輩の土波の方が冷静だ」と評価を口にしたことがある。 しかし土波にとって、やっぱり火波は先輩だった。 だから自分の正直な気持ちをこぼすし、それについて何か 言ってもらいたいと思う。 火波の話を聞くまでは、嫌な記憶が蘇って、 また眠れなくなる所だったかも知れない。 |
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