ページ2 「ったく、間が分かんないんだから」 金波は唇をとがらせて声の人物を睨み付けた。 さっきまでの印象が一転し、昼聞見る彼女と変わらない雰囲気に戻っている。 「せーっかく、ムード出そうとしてるのに」 「俺は早く帰りたいんだ」 沈黙を破ったときと同じもの静かな声で、しかし はっきりと主張する。 声の主は水波流。土波達と同じ生徒会役員で、文化部部長だ。二年生で、 金波とは去年から共に生徒会役員だったとか。 切れ長の目には透き通った水色の瞳。煌く同じ色の長い髪は腰より長くたゆたい、 先の方が青い幅のあるヘアゴムでまとめられている。 とはいえ、やはりそれも昼間の話であり、こんな蝋燭の暗い明りの中では 彼の髪も大した光沢は持っていなかった。 金波がいつも通りの調子に戻ったことで気が楽になり、土波はもう一度問い直した。 「今日って生徒会の集まりなんだよね? 一体何をするの?」 「ちょっとした伝統行事、だそうですよ」 答えは別の所からきた。 水波の隣に座った少年、木波響だ。 彼は生徒会の黒板書記であると同時に、自ら発足した「自然を守る会」の会長も 兼任している。この部屋ではやはり分かりづらいが、昼間なら 黄緑色の髪と穏やかな笑顔が特徴的な少年だ。 ちなみに水波とは同じクラス。そのためかよくいっしょに話していて とても仲がいい。――それが土波の認識だ。 「伝統行事って、こんな時間に?」 「こんな時間だからこそ、意味のある行事なんすよ」 今度の返事は土波の隣から。 黒づくめの土波とは対照的に、パン屋かコックといった 全身真っ白な服の少年が声の主。 体育部部長の火波炎だ。今はほとんど黒色に見える短い髪は、実の所 鮮やかな赤色である。 「夏、真夜中、学校ときたらピンとこない?」 部屋――茶道室の上座の中央に陣取っている金波が反対に問い掛けてきた。 中央の蝋燭を挟んで丁度彼女に対面する下座の土波は(来るのが一番遅かったから)、 ピンとこなくて首を傾げる。 「は一い!」 代わりに高い声と小さな手を元気よく上げたのは、金波のすぐ隣に座った 男の子だった。 「怪談だと思いま一す」 中等部生徒会において唯一の小等部の役員、月波光。 九星学院の中等部生徒会には、中等部と小等部の外交官的立場に位置する 「小等部代表」という役職が存在するのだ。 ふわふわの黄色い髪と、お姉さん殺し(と、土波のクラスの誰かが言っていた)の 可愛いらしい笑顔の持ち主である。 「光ちゃん正解!」 にっこり笑って拍手する金波は、月波の笑顔に殺された一人に違いない。 と、次には土波に視線を戻し、わざとらしいジト目になって、 「土波ってば、な〜んでこれが分からないかなあ」 「あれ? 月波君も今日の趣旨知らなかったの?」 土波が少し驚いて言うと、月波はこっくんと頷いて、 「うん。知ってるのは金波さんたちだけだよ」 月波と金波はいつも行動を共にしているので、先に話を聞いているとばかり 思っていた。 「オレと木波くんは先週呼び出されて説明を受けたばっかりなんすけど、 この行事は生徒会の二年生が、一年生の役員に――今年は小等部の月波くんもいるけど、 とにかく下の学年の役員にあることを教える、ってものなんすよ」 火波が説明する。 (二年が一年と小等部の役員に……そっか。だから三年はいないんだ) 土波が茶道室に着いた時、先に到着した五人は、蝋燭を囲んで円く並べられた 座布団の上に思い思いの姿勢で座っていた。 生徒会役員が全員来るのだとしたら、空いている座布団が一つ――つまり、 自分の分しか残っていないのはおかしいと思っていたのだ。これで納得がいく。 金波が火波の後を継いで言った。 「いつもなら去年この行事を受けた一年生がそのまま繰り上がって二年でも 役員やってるから、その年に入ってから二年生にだけ説明する、なんてことは ないんだけどね――」 今年の場合は、火波と木波の二人がいきなり二年から生徒会に入ったので (皆無ではないが、めったにないらしい)、現三年の生徒会長、天波〔あまなみ〕が、 わざわざ二年生の役員を四人とも呼び出して行事をやり直したそうだ。 「私と水波は二回目だったわけだけど……」 意味深に水波と木波のいる方をちらりと窺い、 「今回はおもしろいもの見れて楽しかったわ〜」 「金波」 水波が、静かだが、鋭い声で反応した。 「よけいな無駄口はやめてもらおうか」 顔にはっきりとした表情は浮かんでいない。それでも、いささか眉が はねている―― ように、土波は感じた。暗いために実際の所はよく分からない。 しかし、火山の底からマグマが沸き上がってくるような音が聞こえる雰囲気が、 今の彼からはかすかに漂っていた。 対する金波は、蝋燭に照らされた顔でにまりと笑い、 「い一じゃないのよ、ちょっとくらい」 隣の月波に向き直り、 「あのね、光ちゃん。その時ね――」 「金波!」 鋭さと怒気の増した声。 その声に最も危機感を覚えた人物は―― 「み、水波くんの言うことも一理あるっすね! 小さい月波くんもいるんだし、 早く終わらせて帰るべきっすよ! ね、金波さんっ!!」 早口でまくし立てる火波に、金波は「しょうがないわねー」と頷いた。 |
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