ざ――――――……
あいかわらず振り続ける雨の音。
「次の話はねぇ……」
月波が何十話か目の話をしようとするのと、
「た、頼む。頼むからもうやめてくれーっ!」
耳をふさいで拒否する者の声。
月波の話に飽きた私は退屈にまかせ出てきたあくびをかみころした。
いい話相手だった海波は、「この姿じゃ出ててもあんまうれしくねーんだよ」
と言って、どこかに行ってしまった。
「道長はまだ帰らないのか?」
ぽつり、と呟く。
すると何人かの者が即座に反応した。
「本当に遅いですよねぇ」
「ま、まさか、大口大福に食べられて行き倒れているのでは!?」
……そんなわけないって。
大口大福とは、たった今月波がしていた恐い話に出てきた妖怪で、
背後から人をおそい、まんじゅうの中に閉じ込め、まんじゅうを食い続ける夢を
見させた挙げ句、道端にはき捨てて行き倒れにさせるという奴だ。
この妖怪の何が恐ろしいかといえば、
『その後はまんじゅう嫌いになり、二度とおいしいおまんじゅうを食べれなくなること』
らしい。
……なぁ、月波、ネタきれてるなら、無理に話作らなくていいんだぞ……。
そんな話でも集まった者たちが恐がってふるえてるんだから滑稽だ。
滑稽なんだが……あきた。もー飽きたっ!
道長早く戻ってこーいっ!
心の中でそう叫んだ後、「女房に逃げられた亭主みたいだ」と思ってしまう自分が
悲しい。
「今度はね、メリケン粉さん、っていう妖怪が……」
「や、やめてくれってば――――っっ」
ふっ……
私は思わずため息をついた。
その時、
「ただいま戻りました」
そう言って、道長水波は、本当にさりげなく、清涼殿[せいりょうでん]に現れた。
「待ちかねたぞ、道長」
私は心からそう言ったあと、
「どこかで行き倒れているのかと思った」
考えてそう付け加えた。
もちろん大口大福を信じて言ったわけじゃないからね。
「それはご心配をおかけしました。
少々ゆっくり歩きすぎてしまったようですね」
平然と応える道長水波。
まるで、そう聞かれると分かって用意したような言葉だった。
ちょっとでこんな遅くなるかーっ!
と内心叫ぶのだが、天皇という立場上そんな態度はとれないし、
なにより
「これは道長の作戦だ! 感情を出すな。かえって奴の思うつぼだぞっ!」
と直感が告げていた。
「お借りした小刀をお返ししたいのですが、よろしいですか?」
そう言った道長から私に届いたのは、言葉と違い小刀だけではなかった。
小刀の他にもう一つ。
私はそれを手にとり、まじまじと見つめた。
何か木の削りくずのようだが……
「これは何なのだ?」
仕方なく道長水波に尋ねる。
すると彼は平然として、
「手ぶらで帰っては証拠がありませんので、
高御座[たかみくら]の南側の柱を削ってまいりました」
………………
数瞬の沈黙の後、
『はぁ!?』
道長水波を除くその場の全員が、間の抜けた声を上げていた。
大極殿は南にある。
したがって、道長水波は大極殿の北側にある昭慶門から
そこに入ることになっていた。高御座は大極殿の中にある天皇の玉座のこと。
道長水波はその南側の柱を削ってきたという。
「つまり、お前は北の入り口から入り、
大極殿の奥にある高御座の南側まで回り込んで来た、というのだな」
私があきれて言うと、
「そういえば、そういうことになりますね」
今気づいた、といった風で言う道長水波。
私は苦笑した。
この賢い男に限って、そんなことがあるはずもない。
何でもないふりをして、とんでもないことをさらりと言ってのける。
それは作戦だったのだろう。
遅れて帰ってきたこともそうだ。本当はもっと早く帰れたのを、
皆をじらすためにどこかで時間をかせいでいたに違いない。
用意周到。たいした策略家である。
ただの余興でこれだ。政治でもそうであることを、暗に示すかのように……
「お前というやつは……」
「何か?」
私が苦笑するのに、道長水波はたいしたことは何もしていないという風で応えた。
「道長殿はすごいなぁ」
「本当、本当」
その後は、
やんややんやと道長水波を祭り上げてのほめ殺し大会になった。
……そのほめ殺し大会に加われない人物が約二名。
みんなから少し離れたところで、道隆火波と道兼土波の二人が、ぽつん、と
立っていた。
弟がうらやましいのかもしれないし、自分のふがいなさを嘆いているのかもしれない。
がんばれ、道兼! 明日があるさ!!
――なんて心の中で呟いてしまい、道隆のことはどーでもいいと
思っている自分を再認識するのだった。
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