ページ3 「これって……事故?」 一年の男子が誰にともなく不安そうに尋ねた。 「えっと……」 「それはあり得ないな」 口ごもる火波。 水波がはっきりと断言した。 「どうして?」 「さっきの飛行機の動きを見ただろう?」 「目標を外して、引き返した?」 「いや。パイロットは、それは見事な腕前だ。あのつっこんだ場所――」 あごで画面のビルをさし、 「ビルの一番弱い場所にヒットしている。きれいに小回りをして そこにつっこんだんだ。そのうち崩れる」 水波はそのビルの構造を知っていた。使い捨て時代に立てられた、老朽時に爆破する ことが前提のビル。 今なおもうもうと黒煙をあげるビルが、数十分後には縦にきれいに つぶれていくことだろう。 だからまわりのビルに影響はない、とは言わないが。 「よくそんなこと分かるわねー」 金波が不思議そうに言い、隣の月波もうんうん、と頭を縦にふった。 「――本に載っていたのを見ただけだよ」 「ふーん……」 それだけ、ではなかった。 ツインタワーの所有者が、水波の知り合いなのだ。いけすかない、あいつの―― 「神風特攻隊みたいだな……」 「神風……なんて?」 もう一度映像を流された二機目の衝突シーンを見ながら、一年の男子が呆然と眩いた。 同じクラスの男子が間い返す。 「夏休み前の授業でやったじゃんか。日本の飛行機が弾切れしたからって 自分が乗ったまんまの戦闘機を敵の戦艦にぶつけたってやつ」 「ああ、あれ、か……」 「何百人の乗客道連れの神風特攻隊か。現代は豪華になったものだな」 「えっ――」 二人とは別の声――水波の言葉に、一年の一人がしどろもどろに問い返す。 「乗客道連れって……どういう、ことですか?」 「さっきの影、よく見なかったのか? あの大きさにあの形―― あれは大型旅客機だ」 水波以外の全員が目を見開く。 「で、でも、客が乗ってる飛行機とは限らないっすよ?」 そう言ったのは火波だった。 「飛行機の方は、な」 反論にムッともせず、水波は涼しい顔で、 「ツインタワーの方は?」 「――っ」 「木波が言った通り、あれじゃ逃げようがない。 あのビルには何千人と人が入ってる。 ――ま、いくら死んでも戦時中ほどではないか」 ガタンッ 椅子が倒れる音。 振り向く前に、誰かは分かっていた。 立ち上がり、口に手をあて、うつむき、かすかにその肩が、黒髪が、 白いハチマキが震える。 ――あいかわらず、『戦争』は禁句、か。 「すみません、俺――」 それだけ言って、土波は生徒会室を飛び出した。 「土波くん!」 「ほうっておけ」 火波が追おうとするのを、水波が遮った。 「み、水波くん、ひどいっすよ。土波くんが戦争嫌いだってこと知ってて あんなこと言うなんて……」 「わざと、って言いたいのか? あれは自然な話の流れだ」 二人がそんなやりとりをしているとき、木波は どうしたのかと尋ねる一年たちに土波が極端な戦争嫌いであることを説明し、 金波と月波も何か二人で話していた。 「わざとかどうかじゃなくて、もう少し思いやりというか……」 言葉を続けようとする火波に、水波はくるりと背を向ける。 「水波くん!?」 「少しは一人で考えさせとけ。いつまでもガキのままでいさせるな」 「ガキって――」 そこまで言って火波は言葉を切った。 それは、お入好しの火波が勝手に思い込んだだけのことかも知れない。 けれど、火波はそう思ったのだ。 水波くんは、土波くんのためを思って言った? 九星学院の生徒会長は、前年の会長による任命制である。かといって 会長が選んだ生徒なら誰でもいいという訳ではない。原則はある。 会長になれるのは三年生だけで、しかも二年生の時に生徒会役員であった者に限られる。 今、二年生の役員は土波一人だけだ。 それは――まずありえないことだが――土波に相当なクレームがついて 生徒会を止めさせられでもしないかぎり、来年の会長になるのが彼であることを示していた。 戦争と聞いただけで感情を乱すな。 他人に助けられていないで、自分で気持ちを整理できるようになれ。 水波は、現生徒会長として、次期生徒会長に課題を与えている? |
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