崩れ落ちる日常


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「問題です」
 ちゃらんちゃらん
「生物の細胞の中には――」
「DNA」
 ぽつり、と呟く。蝶ネクタイにタキシード姿の司会は――当たり前だが――
かまわず問題を続ける。
「染色体と呼ばれる――」
 ぽ一ん!
 機械の合成音が鳴り、赤いランプが点灯。司会は今度こそ言葉を切った。

「九星学院」
 呼ばれた学校は勢いよく叫ぶ。
「四十六本!」
 ブーッ
 非情なブザーに誤答者は顔を覆い、他の二校はほっと胸をなで下ろした。
「ただ今の問題、『ヒトの細胞の中には染色体と呼ばれる糸状の物質がありますが、
その中にある遺伝子の本体を何という?』。正解は、DNA」

「あーっ、せこい!」
 テレビの一番近くの席に陣取った一年の男子が、思わず悪態をついた。
 彼の隣に座った火波は、拳を握り締め、
「大丈夫、次は正解するっすよ!」
 根拠のない力説を唱える。
「う〜、けどこれで新鮮と同点……頑張れ先ぱ一いっ!」
 テレビの前で熱を上げる二人の声を聞き、水波は内心あきれ返っていた。
 届きもしない応援をよくもまあ……。

 ここは九星学院中等部の生徒会室。応援団長火波の提案により、
「高等部の先輩を応援する会」が催されていた。
 何の応援か?
 毎年恒例、晩夏の全国イベント、高校生クイズ選手権である。
 予選から準決勝までのもようはすでに放送ずみであり、今夜は
決勝戦が全国に衛星生中継されているのだ。

 心から「応援好き」の応援団長としては、実際にクイズ会場で
応援をしたかったところだろう。がしかし、
「観客の応援がヒントになるかもしれない」という
大会役員の用心深さによって、ブラウン管を通しての応援を余儀なくされた。

 だからって、生徒会役員を生徒会室に集めるっていうのもな……
応援団員でやればいいだろうが。
 生徒会室には、しっかりと九人の役員全員が集まっていた。
暇なのか、つき合いなのか、本当に応援をしたいのか、参加理由はそれぞれだろうが。
 かくいう水波は個人的な生徒会の仕事でやって来ていた。
今も 生徒会長が 処理しなければならない書類に目を落としたままだ。

 それだけ、と言えぱ嘘になるか。

「水波さんの読みって、すごいですね」
 しぱらくして番組がCMに入ると、一番席の近い木波が声をかけてきた。
「たいていの間題、五分の一聞いただけで正解しちゃってるもんねー」
 土波が続いた。
「しかも、書類読みながらだし。聖徳太子みたいだ」
「水波先輩が出たら、絶対ストレート勝ちですね!」
 次々に浴びせられる賛辞に水波は大した反応を見せなかった。
 こんなの、どうってことない。そんな体だ。
 表面上は。

 本当の彼は一番好きのほめられ好きなのである。
 特に、「努力なしの天才」、と思われることが。
 今も、今日のためにクイズ大会の過去問を読みまくって研究してきた、
などとはおくびにも出さない。

「天波先輩がいたら、ぜ〜ったい、水波より早いんだろうけどなー」
 ぴくっ
 聞きたくない人物の名前を聞き、水波の片眉がはねた。
 天波空――水波のいとこであり、去年の生徒会長。
 犯人は金波である。今年高等部に進学せず九星学院を去った天波に、
彼女は未だご執心の様子だ。

 そして、隣に座る月波が水波と似て非なる表情を浮かべたということに
彼女は気づいていない。
 自分のことでせいいっぱい、他人のことはおろそからしい。
 月波のように金波に好かれたいとはまったく思わないが、
一つ年上の優秀ないとことしてずっと天波に先を取られていた水波は、
彼を引き合いに出されることが最上の不快だった。
 ピリリとした空気が走り――

「あ、ほ、ほら! CM終わったっすよ!」
 気が弱く、他人のケンカに弱い火波が慌てて声を上げた。





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