4 「ほら、見えてきた。あそこが瓜畑よ」 「おっしゃ! 三日でも十日でも、やってやるぜ!」 案内をしてくれた女性――格闘指導宮金波〔かななみ〕――が指さした方向を見て、 かきの種彦アルタイルは拳を握りしめました。 格闘指導宮金波はあきれた顔をして、 「っと、元気ねえ。あんた。 最初人間が瓜畑の番人やるって聞いた時はびっくりしたけど、あんたなら大丈夫そうね」 なんだか意味深なセリフなのですが、かきの種彦アルタイルは全く聞いていませんでした。 ――これが終われば、また梨野と暮らせるんだ! 気持ちはすっかり楽しい家庭生活にダイブしています。 「ちょっと、人の話ちゃんと聞きなさいよねっ」 「あ……ご、ごめん……」 ギロリッとにらまれ、さすがのかきの種彦アルタイルも冷や汗をかきあやまりました。 ――まさか、緑野の親戚じゃあ…… 本当は全くそんなことはないのですが、彼はふと思っていました。 「さ。わたしの仕事はここまでよ。向こうについたらまず小屋に行って、そこにベテランの 番人がいるから、仕事の内容とかはそいつに聞いてちょうだい」 「おう!」 格闘指導官金波と別れ、かきの種彦アルタイルは、意気揚々と瓜畑の小屋へ 向かって行きました。 「すいませーん!」 ばん! 勢いよく扉をあけ、かきの種彦アルタイルは小屋の中に入りました。 質素で狭い小屋です。一番奥に書棚があって、手前にはテーブルとイスが四つ。 その一つで、彼は本を読んでいました。 黒い髪の長髪と、鋭い眼。 格闘指導官金波の言っていた、ベテラン番人冥波〔くらなみ〕です。 かきのが大きな音を立てて部屋に入ってきたというのに、 まったく動かず、手元の本に目を落としたままです。 「……あの〜、オレ今日から三日間、ここで働くことになったんだけど……」 突然、すっく、とベテラン番人冥波が本を置いて立ち上がりました。 なんだなんだとかきの種彦アルタイルが思っていると、書棚の方へ行き、一冊の本を 持ってくると、かきの種彦アルタイルに差し出しました。 ……全くの無表情で。 何か背寒いものを感じ、思わず本を受け取っていました。 本を渡すと、ベテラン番人冥波は、また元の本――『くらげの生態』と書いてある―― を黙々と読み始めてしまいました。 仕方なくかきの種彦アルタイルは、渡された本の題を見てみました。 「……『瓜畑番人マニュアル』……?」 こうして、かきの種彦アルタイルは、新人番人かきの種彦アルタイルになりました。 (名前長っ!) 新人番人かきの種彦アルタイルは、瓜畑の真ん中であぐらをかいて ぼ〜っと地平線の彼方を眺めていました。 傍らには『瓜畑番人マニュアル』も置いてありましたが、ちまちました文字が ずらりら一ん! と並んでいるのを見ただけで、読む気が失せてしまいました。 「……あっついなあ……」 思わずそんな呟きがもれました。 瓜畑は砂漢のような砂ぱかりの土地で、しかも地上で見るより大きな太陽が じりじりと彼を睨みつけていました。 小屋の中にいれぱ少しは楽なのですが、ベテラン番人冥波がいっしょにいる状況では どうにもいずらいのです。知らぬ間に睨まれているような……? ――暑さと冥波に耐えられるか? それがこの、瓜畑の番人という課題中のハードルだったのです。 「下界学」專門の学生だった梨野ベガ織姫はそんなこと知らなかったし、他の人は 「下界から天界へ飛んでくるなんてことのできる人なら大丈夫だろう」と、 誰も忠告したりしていませんでした。 そしてかきの種彦アルタイルは、梨野ベガ織姫のためになら「根性〜〜!」を出して こんな苦境も乗り越えられる男です。しかし…… 「そういえば、このウリ、こんな砂漠の中でもずいぶんみずみずしく見えるよなあ」 のどが乾いてきたかきの種彦アルタイルは、つぶやいて瓜の一つを手にとってみました。 我慢できない程の渇きではありません。 しかし、「知らない」彼の前には、何の抑止もありませんでした。 「……一個くらい、食べちゃってもいっか!」 かきの種彦アルタイルが瓜をばかっど割った瞬間―― ドドドドドッドドドドドドドドドドドドドッッ! 「うえっ!?」 大量の水が、音を立てて瓜の中からあふれ出しました。 一面の砂が一面の水へと変わっていきます。 その水の中へ、かきの種彦アルタイルはなす術もなく飲み込まれていきました…… |