「梨乃様、どうします?」 かきの種彦アルタイルを取り囲んでいるうちの一人、観測官木波〔きなみ〕が落ち着いた様子で 尋ねました。 天界の正規の軍は全て下界へ向かわせてしまったため、天帝梨乃は その他の官職の人たちを連れて来ていたのです。 天帝梨乃は、何も言いません。 「梨野様があのようなご様子では――」 天帝梨乃は無言のまま、すっ、と左手を二人の方へかざしました。 「な、梨乃様!?」 「……梨野、かきの……」 天帝梨乃が口を開きました。 おそろしく、押し殺した声です。 「そうまで言うのなら仕方ありませんね……」 「お兄さん……?」 天帝梨乃はきっ、と顔を上げ、 「今ここであなたたちの記憶を消し去ってさしあげます!」 「うわあ〜〜っ。梨乃様が切れてるう〜〜〜っ」 巻き添えをくらってはたまらないと、みんな一斉に逃げ出しました。 天帝梨乃は呪文を唱え始めました。しかしその声は、突如起こった騒音に かき消されてしまいました。 とはいえ呪文は自身の精神を高めるために唱えるもの。他の人に 聞こえようが聞こえまいが関係ありません。 左手に力を送り―― 何も、起こりませんでした。 「な……どうして――!?」 天帝梨乃は愕然としました。 呪文は完壁だったはず。なのにどうして……? そんな彼をしりめに、かきのと梨野の二人は『騒音』の元へと駆けよっていました。 「大樹〜。小枝〜。大丈夫ですからね〜」 「大樹。お兄ちゃんのお前が泣きやめば小枝もちゃんと泣き止むから。ほら〜」 騒音とは、二人の赤ん坊の泣き声だったのです。 ――あの二人の子供が私の力をかき消したというのか!? 親を失いたくない一心で? 天帝梨乃は思いました。 ――そんな馬鹿な。天界一の力を持つ私の術があんな小さな子供たちに破られるなんて ……梨野のカを受け継いでいるからか? いや、しかし、あれ程の力は―― そんなふうに考え込んでいる彼のすそを、誰かがくいくいとひっぱりました。 「ねえ、ねえ、梨乃様」 「あっ……な、なんですか?」 一瞬相手の姿が見えなかった天帝梨野ですが、声で誰かを思い出し、下の方を 向きました。 すそをひっぱっていたのは、天界の役所で最年少の少年官吏、 お姉様殺しの伝聞情報官月波〔つきなみ〕でした。 「梨野様たちの結婚、ゆるしちゃだめ?」 「なっ――」 天帝梨乃はまたまたびっくりしましたが、今度は軍兵監督官火波が 「オレからも頼むっす」 遺跡保守官土波〔つちなみ〕が、 「俺も!」 観測官木波が 「僕からもです」 「お、お前たち……」 「あの二人を見て下さい」 そう言って観測官木波は、梨野たちの方へ顔をむけました。 二人はそれぞれ赤ん坊を一人ずつ抱いてあやしています。 さっきまで大声を上げて泣いていた赤ん坊が、今では休中で笑っています。 桃色の効果背屋でも入っていそうな雰囲気です。 「あの四人見てると、家族の理想だ、なんて思えてくるんだよなあ」 「そうなんすよー。オレのうちだって昔はあんな風だったのに、今じゃ息子が 反抗期で……(泣)」 「大変ですね、火波さんのところ(全然大変そうに思ってない様子で)。 とにかく梨乃様、織姫梨野様の幸せをあなたが本当に願っているんでしたら、このまま 二人の結婚を許した方がいいと思うんです」 他の人たちも一斉にうなずきました。 「お前たち……」 梨野ベガ織姫とかきの種彦アルタイルもその様子に気付きました。 「みんな……ありがとう」 目からうれし涙をあふれさせながら、梨野ベガ織姫は言いました。 「そんな。俺達はただ……」 「梨野様に幸せになってほしいだけっすから」 てれくさそうに遺跡保守官土波、軍兵監督官火波。 「もちろんですよ」 観測官木波もにっこり笑い、 「そのかきのとかいう人が、見るからに貧乏そうで、ふがいなさそうで、 頭が悪そうで、梨野様とは月とゲジゲジくらいに不つりあいでも、 あなたがそれで幸せなら、僕たちは本望ですよ」 「こら待てい!」 怒るかきの種彦アルタイル。 観測官木波無視。 「って、みんなも言ってるよ。ね。許しちゃおうよ。梨乃様」 天帝梨乃は考えました。 ――このまま二人の結婚に反対し続けれぱ、きっと私は彼らからの信用を失ってしまう。 それに梨野を説得できるとも思えない。こっそり記憶を消しても……だめですね。また 子供に邪魔される可能性があるし、すぐにばれてやはり信用が落ちてしまう。 ここはひとつ…… 「分かりましたよ」 天帝梨乃は小さなため息をっきながら言いました。 「お兄さん!」 梨野ベガ織姫は、目を見開いて兄を見つめました。 「あなたたちの気持ちは本当のもののようですね」 「あったり前だろ! いい加減な気持ちでここまで来れるかっての!」 「ですが――」 「え?」 天帝梨乃が言葉を切ったので、梨野ベガ織姫は不安な顔になりました。 彼は構わず、 「天女と人間の結婚は例をみないことです。そして何より梨野は大切な妹……不安になる 私の気持ちを察して下さい。私は、かきのさんがどれほどの人なのか、きちんと 確かめたいのです」 「確かめる?」 かきの種彦アルタイルは首をかしげました。 「そうです。あなたが本当に梨野を託せるだけの人なのか……。どうか私を安心させて ほしいんです」 「それで許してくれるってんなら、オレ何でもやるぜ!」 いきこんで言うかきの種彦アルタイルを見て、天帝梨乃は内心ほくそえみました。 「では……三日問、瓜畑の番人をして頂けますか?」 |