天下一品! 七夕伝節編!?
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 はう……
「あっ。またため息」
「えっ!?」
 リング緑野葉に言われて、梨野ベガ織姫はハッとして顔を上げました。
 ここは天界の梨野ベガ織姫の家です。大樹と小枝は、彼女の横にある雲のゆりかごで
気持ち良さそうに眠っています。
「梨野が帰ってきてくれて、あたしもみんなも喜んでるのに」
「ご、ごめん……」
 無理をして笑おうとする梨野ベガ織姫。
 リング緑野葉は彼女が心配でたまりませんでした。

「梨野。あんたを騙したサイッテー男のことなんか、はやく忘れちゃいなさいよ!」
「う、うん……」
「優しくしてもらったことは忘れられないとか思っちゃ駄目よ。
 その優しさだって、打算の上の優しさなんだから! ね」
「うん……」
 元気付けようとどんな言葉をかけても、梨野ベガ織姫は悲しげにうつむいてしまう
だけでした。


 かきのに騙されていた。


 そう思ったり、言われたりする度に、とても苦しくなる。
 騙していたことは許せない。
 でも、かきのは本当に優しくしてくれた。
 本当にわたしのことを騙したの?
 嘘だと思いたくてたまらない。
 でも、嘘だと思える証拠は何もない。

 あるのは、騙されたのだという証拠だけ……
 もう一度下界に下りて、かきのの話を聞いてみたらどうだろう?
 もしかすると、嘘だと――間違いだと、分かるかもしれない。
 ……でも、もう遅いよね。
 葉ちゃんもお兄さんも、わたしが下界に下りるのを許すはずがないもの。
 騙されたままで良かった。
 その方が幸せでいられたのに――

 彼女の辛そうな表情を見る度に、リング緑野葉はかきのへの怒りを募らせていました。
『あの時あたしも残ってれば……く〜っ! あの男、絶対に許さないわ!』



 天界から下界を見ることはもちろん可能で、そうして天の住人たちは、
下界の娯楽やしくみを研究したりしています。下界の人間より、よっぽど
下界のことを知っているということです。
 しかし彼らにも、知らないことがありました。
「北風小僧の真野くん」の存在です。
 梨野ベガ織姫の羽衣を盗んだ真犯人の生物の存在など、天界の誰も考えたことがありま せんでした。

「梨野ベガ織姫様が下界で男に騙された」
 その話は、根も葉もない尾ひれ背びれをくっつけて、あっというまに天界中に
広がっていました。
 梨野ベガ織姫自身はそのことを伏せておきたかったのですが、リング緑野葉の怒りと、
子供という既成事実の存在が、そうはさせてくれませんでした。

 リング緑野葉に話を聞いた天界の長、天帝梨乃〔なしの〕は激怒しました。
 彼こそが、梨野ベガ織姫の兄だったのです。
「ただちに軍を出しなさい。そのかきのとかいう男をここに連れて来るのです」
 常に違わぬていねいな言葉使い。
 全くゆがまぬ美しい整った顔。
 しかし披の内心が怒りうずまいていることは、下界の空を見れぱ明らかでした。
 雷鳴飛び交う大嵐。
 天界で高位につく者の強い感情は、こうして天候に表れるのです。
 梨野ベガ織姫が大雨を降らせたように……。

「梨乃様!」
 男がひきたてられてくるのを、今か今かと天帝梨乃が待っていると、
慌てた様子で一人の男が部屋に入ってきました。
「どうしました? 男を連れてきたのですか?」
 天帝梨乃は、尋ねてからそんなはずがないことに気付きました。天界の者は
役職によって服装が決まっており、部屋に入ってきた男は軍人ではなく
『観測所』の者であるということが分かったからです。
 自然保護官も兼任している、観測官木波[木波]です。

「いえ。それどころではありません」
「……なにがあったというのです?」
「下界から打ち上げられた『何か』が、天界に落ちたようなのです」
「! 落下地点は?」
「それが……」
 観測官木波は一瞬、言いにくそうに黙った後、その場所を告げました。

「梨野ベガ織姫様の御殿です」


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