「はっ――」 長い長いキスの途中で、土波は我慢できずに声をもらした。 いきなり押し倒されたのにはびっくりしたけれど、水波にキスされていると何もかも忘れていった。 つい最近、別のどこかで味わったはずの他人の舌の不快感。 今はそれがまったくない。 好きな相手かどうか。 何をするにおいても、これは非常に重要だろう。 水波さん―― 土波はのしかかる水波の背中に腕をまわす。 好き―― 声を出せないかわりの意思表示。 俺、水波さんとずっといっしょにいたいよ―― 水波は自分の舌で土波の舌をからめながら、他の動作にも余念なかった。 右腕をそっと土波の黒いシャツの中に差し入れ―― びくんっ 未知の感触に土波は体を振るわせた。 キスは初めてじゃなかったけれど、今のは……? 訳が分からずにいると、水波の唇が離れた。 口元をぬぐいながら、彼は呟く。 「いいんだよな? 最後までやっても……」 「最後……って?」 戸惑いと、恍惚感の混じるかすれた声で土波は尋ねる。 今までと違う、何かが起こりそうな予感…… すでにシャツの中に侵入していた水波の右手が、黒いシャツを首元までめくり上げた。 「――ひゃっ」 ほとんど同時にやってきた感覚。 水波が自分の胸に口を押し当てている。 分かったのは一瞬後だ。 キスだけでも少しは上がっていた体温が上昇を始めたのは、恥ずかしさのせい? それとも……? 土波の声なき疑問に応えるものは何もない。 あるのは水波の存在だけ…… 「天波の奴には、ここまでやられなかったよな?」 確認のように、心なしか息を弾ませた水波が問う。 ここまでって…… 天波されたのはディープキスとかいうものだけ。 土波は正直に頷いた。 もちろん、これから先に何があるかなど全く知らない。 「そっか……痛いかもしんないけど、おとなしくしてろよ」 えっ――!? 不吉な言葉をきき、恍惚感に支配されていた土波の意識が瞬時に目を覚ます。 「い、痛いって――」 「ばか、起き上がんな」 「うぁっっ」 腕をついて起き上がろうとする土波を、水波は再び地面へ押さえつける。 土波はそのとき初めて背中に冷たい土の感触を感じた。 「痛いっていっても、大したことないさ。それ以上に気持ちいいから……」 水波が耳元で甘く囁くが、もう遅かった。 「やっ――」 「うわっ!?」 土波は水波を倒して起き上がった。 たくし上げられていたシャツをのばし、しっかりとズボンにしまい込む。 「土な――」 土波は早鐘のように打つ鼓動のままで、後ろ向きに倒れた水波を見下ろした。 「お、俺……」 たしかに……たしかに、水波にキスされた時はうれしかった。 ディープキスでさえ、不快感を感じなかった。 でも―― 「俺、水波さんはこんなことしないと思ったから好きになったのにっ!」 土波は駆け出した。 水波の元から、せいいっぱい離れるために。 決して、後ろを振り向くことはなかった。 ぽつん―― うっそうと茂る木々の間から、一滴のしずくが落ちた。 しずくの量はしだいに増えていき、あっという間に大雨になった。 水波は、土波に突き飛ばされたままの体制で雨に打たれていた。 顔を手で覆い、うめく。 「何やってんだよ、オレは……」 どんなに激しい雨であっても、自分のしでかした罪を流すことはない…… 水波には、そのことがよく分かっていた。 ,,, さよならの教室 END
<つづく> |