第5話 夢見た後で 3


 水波は迷っていた。
 瞳を閉じた土波を目の前にしても。

 こいつは本当に、俺のことが好きなんだろうか?

 もしそうでなかったら、自分はあの、人の意思を無視した無節操な従兄弟と同じになってしまう。
 それだけは絶対に嫌だ!
 その思いが……昨日の土波の悲しそうな顔を見ても、今こうして身をゆだねられても、 口づける行為を許さなかった。

 硬直していると、土波の瞳が開いた。
 黒い瞳がうるんだかと思うと――すぐさま大粒の涙がこぼれ始めた。

 ま、……

 また泣かせた――――――――っ!
 どんなときでも冷静沈着。
 そんな風にまわりから称される水波が、パニックに陥りそうになる。
 先ほど以上に大泣きする土波を、他にやりようがなく、ただ抱きしめ、背中をさする。
 それくらいではおさまらない土波の嗚咽は、水波の体をも震えさせた。

「ったくもー……」
 水波までが泣きたい気分になってくる。
「なんで泣くんだよ。オレのこと嫌いなのか!?」
 思わず叫ぶ。
 すると、がばっと土波が顔を上げた。
 涙でぐしょぐしょ、真っ赤な顔が、どこかうらめしそうに水波を睨んでいた。

「な、なんだよ……」
 水波が思わず身を引くと、土波はその分彼に迫って叫んだ。
「そんなわけないだろっ!」

 えっ……

 土波は涙をごしごし腕でぬぐいながら独白を続けた。
「俺……俺だって、最初は訳分かんなくて……水波さんに抱きしめられて、 どきどきしたのはびっくりしただけって思って……でも、冗談だって言われたら、 すっごい悲しくなって……今だってキスしてもらえると思ったのに、なんでそんなこと言うの!?」
 土波は腕まで涙だらけにしながら、嗚咽と交互に言葉を吐き出した。
 そんな様子を呆然と見詰めていた水波が、我に帰る。

 キスして、・・・・もらえると思った?

 それはとりもなおさず土波のOK宣言!
 水波は涙をあふれさせ続ける土波をみたび三度抱き寄せた。
「なんだ、そーかぁ。お前も俺のことが好きなんだな?」
 現金に尋ねる水波。
「さっきからそう言ってるだろっ!」
 いや、言ってないって。
 心の中で思わずつっこむ水波。
 確かに土波の態度はそう言っているに値するものばかりだったが、 天波のせいで疑心暗鬼にならざるを得なかった水波には、どうしても一言欲しかったのだ。

「言ってくれ、土波」
 涙まみれの顔を正面に据え、水波は優しく請う。

「オレのこと、どう思ってる?」

「好き……」

 その一言が欲しかったのだ。
 水波は土波を押し倒して口づける。
 十分に柔らかい感触。
 ちょっとしょっぱいのは涙のせいだろう。
 もう放さない。
 すべて――

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