第5話 夢見た後で 2


 広い九星学院の敷地の中にはいろいろなものがある。
 校舎は当然のこととして、学生のための寮、購買と称したどう見ても一般のものと変わらない店、 移動手段の磁力鉄道……
 そして、密会にはもってこいの森もあったりした。

 そこまで土波をひいてやってくると、水波はすとんと木の幹に腰を下ろした。
 土波もその隣に……ちょっとだけ、距離を置いて座る。
 再び二人は沈黙した。
 今度は見詰め合ってもいない。
 互いにどこかあさっての方向を向いていた。

(じょ、冗談じゃなかったってことは……)
 土波は自分の胸の高鳴りに驚きながら、頭をめぐらせていた。
(水波さんは、俺のこと……)
 自分の顔が真っ赤になってはいやしないかと不安になりながら、そっと隣の水波を覗き見る。
 ――目が合った。
 いつの間にか、水波が土波を見詰めていたのだ。
 びっくりして視線を反らそうとする。

 ……その必要はなかった。
 水波が土波を抱き寄せたのだ。
 土波の顔は水波の胸におしつけられ、水波の顔は見えなくなった。

(け、けど……)

 今の俺、絶対顔真っ赤だ!
 土波は不安を確信に変えた。

 すぐ耳元で、水波の胸の鼓動がしている。
 どくん、どくんと、自分の鼓動にも負けないくらいの速さで――
 どこが? と、他の人には言われるかもしれない。
 けれど、今の土波には、水波の胸の鼓動が子守唄のように思えた。
 とても心地よくて……このまま、この場所で、眠りについてしまいたい……
 本当にまぶたを閉じ始めた土波を現実に引き戻したのは、鼓動の主の声だった。

「ごめんな、土波。冗談だったなんて言って……」
 優しく、とろけるように甘い声。
 昨日の生徒会室とはまるで別人だった。

 水波の言葉は続く。
「オレ、認めたくなかったんだ……オレが、大嫌いな白皇の奴といっしょになるのが。 だから、否定した。けど」
 優しかった水波の腕に力がこもった。
 土波は、その痛みにすら夢見心地を覚えた。

「お前の悲しそうな顔を見て耐えられなかった。分かったんだ。オレ……」
 水波の腕がゆるみ、土波は顔を上げた。
 優しい目。自分だけを、見つめている……
「お前のことが、好きだ」



 ――お前のことが好きだ――
 たった一瞬前の言葉を、土波は何度も何度も胸のうちで反芻した。
 水波さんが、俺のことを――
 呆然としていると、水波の右手が頬に触れた。
 左手は肩を抱いたまま。
 引き寄せられる。
 今度は胸ではなく、
 優しい瞳の顔へと……
 ――目、瞑んなきゃ……
 何故だか自然にそう思え、土波はそっと目を閉じた。



 その感触は、なかなかやってこなかった。
 痺れをきらし、土波は目を開ける。
 目を瞑る前と変わらぬ位置に水波の顔。
 瞳が、逡巡の色を浮かべていた。

 やっぱり……これも冗談なの?
 折角繋がったと思った希望の糸がぷつりと切れ、奈落の底へと叩きつれられた。
 水波さん、ひどいよ。
 本当に……

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