白い朝霧の中を、一人の少年がとぼとぼと歩いていた。 頭に結んで背中に垂らした白いバンダナが、ゆらー、ゆらー、と憂鬱そうに左右に揺れる。 黒い髪も同じようにゆらー、ゆらー。 ついでに前かがみになって前に垂れた腕もゆらー、ゆらー。 霧の中ということもあって、知らない人が見たらお化けか何かと勘違いするのでは なかろうかという生気のない少年―― それはまぎれもなく、九星学院中等部生徒会書記、一年四組土波景だった。 毎朝走るように登校し、休み時間はクラスメートと円陣バレーやドッジボールをする。 そんな元気な少年が、今日はとてつもなく沈んでいた。 (学校、行きたくないなぁ……) 本音はそれである。 けれど、自分の感情的な都合で学校を休みわけにはいかない。 仮病などという人を騙す行為も、人を信じることを信条にしている彼にはとうていできない―― いや、思いつきすらしない強行だった。 そんなわけで、彼は憂鬱になりながらも学校へと足を動かしている。 会いたくない人に会わないことを願いながら―― 「土波」 「!」 少年の願いは、早くも校門の前で敗れ去った。 霧の中から現れ、土波に声をかけた水色の髪の少年――九星学院中等部生徒会文化部部長、 二年一組水波流。 土波が、今もっとも会いたくない人物だった。 水波の声を聞くや否や、土波はぐるん、と方向転換。もと来た道へと駆け出していた。 が、そんな彼の腕を、あっさり追いついた水波が締め上げた。 「待てよっ!」 「痛っ!」 「あっ……」 土波が思わず声を上げると、思ったよりあっさりと、水波が腕を放した。 土波はまたすぐ逃げ出そうという気になれず、腕をさすりながら立ち尽くした。 水波も彼の側に立ち、黙り込んでいる。 何か言いたそうで――でも、言いにくくて、どうしようか悩んでいる。 そんな表情が、水波をうかがった土波の目に入ってきた。 土波には、言うことすら思いつかない。 けれど、そこに立ち止まっている。 水波の言葉を待っているのか、 それとも―― ただ、彼のそばにいたいだけなのか……。 「土波」 水波が顔を上げた。 思わず同じ動作をした土波の瞳をじっと見つめる。 きれいな、透き通った水色の瞳…… 「オレは……」 そこまで言ってまた押し黙り視線をそらす。 彼が伝えたいと思っている事を口にすることは、大変な労力を必要とするようだった。 そんな彼の辛そうな表情を、土波は黙って見つめる。 (水波さん、何を言いたいんだろう……?) 彼の言いたいことは……昨日、言い切ってしまったのではないか? そう、その時水波は―― 「また……俺のことは何とも思ってないって言いに来たの?」 「えっ……」 土波の言葉に、水波は呆然とした表情をした。 けれど、土波はそのことには気づかず、続ける。 「そのことはもう分かったよ。念を押しになんか来るなよ!」 叫んだ途端―― 頬を、熱いものが流れるのを感じた。 えっ……な、んで…… 土波は頬をぬぐって驚愕した。 なんで、涙なんか…… 止めようと思っても、止まらない。 どころかどんどん酷くなり、終いには嗚咽がもれ始める。 なんで? なんで俺、こんなに…… 「土波……」 激しく上下を繰り返す土波の肩を、水波の体がそっと覆った。 「やめ……冗談なんか……」 ひっく、ひっくと声をもらしながら、土波は抗議する。 止めて欲しい。 どうせ、冗談などと言われる行為なら。 でも、冗談でないのなら―― 「冗談なんかじゃない」 ――――! 土波を抱きしめた水波は、右手で優しく黒い髪をなでた。 「冗談なんかじゃ、なかったんだ……」 「それって……」 土波は顔を上げた。 涙は、さっきの水波のセリフで止まっていた。 ――優しい目。 自分を見つめる、透き通った水色…… 二人は無言で見詰め合った。 何時間でも、そうしていられそうな気がした。 しかし、 かすかに人の話し声が聞こえ始める。 生徒たちが登校してくる時間になったのだ。 「場所、変えるぞ」 「う、うん……」 耳元にささやいた水波が歩き出すと、土波は彼に手をひかれ歩き出した。 |