第6話 たどりつけたら 9


 ――っ

「――!?」

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 いや、一瞬以上、それを理解していなかったかもしれない――

 ――クチュ
 口の中で、音。
 水波は、与えるのではなく、与えられる快楽に呆然としていた。

 一体、何が起きたのか――

 土波から必死で目をそらそうとしていた水波の体に、土波が手をのばしてきた。
 驚いて土波の顔を見てしまうと――土波は、真っ赤な顔で、けれど、何かを決意したような まっすぐな目で水波を見つめていた。
 そして、それが目前に迫ってきて――

 唇が重なり、それにも驚いているうちに、口を押し開けられ舌を挿し込まれた。

 自ら侵入してきたはずのそれは、おっかなびっくりというように動きは鈍く――
 だからこそ、たまらなくなって――

「――んっ」

 どちらが上げた声かは分からない。
 状況を理解した――が、理性はほとんど吹っ飛んだような状態で、 水波は口中の舌を自身の舌でからめとった。

 びくんっ――

 組み敷いた体がはねる。
 土波に負担をかけまいとついていた手のひらと膝は、直前までの職務を放棄し愛撫にうつる。

「ん――は、ぁっ――」
 深い口付けの合間をぬって、吐き出される声とも息ともつかぬもの。
 いつの間にか、絡めあいの舞台は土波の中になっていた。

 やはり――土波の方から入れられるのは気に食わない。

「んっンン――」

 頭がくらくらした。
 もう、どうでもいい。
 もう、かまうものか。
 もう、このまま、全部自分のものに――




『俺、水波さんはこんなことしないと思ったから好きになったのにっ!』




 ――!

 涙を流して立ち尽くす土波の姿がフィードバックし、水波は飛び起きた。




「水……波さん?」
 床から上半身を起こした土波が、首をかしげて水波を見つめる。
 今さっきまでの行為の名残で、息は荒く、顔は赤い。瞳はしっとりと黒くうるんで、 汗で頬にはりついた黒髪が――

(マズっ)

 水波は慌てて視線をそらした。上がりきった息を整えようと苦心する。
「水波さ――」
「分かっただろ!」
 水波は床に腰をつき、壁の方を向いたまままで叫んだ。

「オレは――オレで、オレを止められなくなる。お前を苦しめる。お前がオレを好きでいてくれるのは 嬉しいなんてもんじゃないし、オレもお前が好きだ。けど、お前の好きとオレの好きは違うから、 オレは、オレはお前を――」

 まくし立てる水波の手が、ギュッと、握りしめられた。

「じゃあ俺、俺も水波さんと同じ好きで、水波さんのこと好きになる」




「す、好きになるって、お前――」
 見てはいけないものを見るような目で、水波が、少しだけ土波の方を見た。

 陶器のような白い肌に、今は朱がさしている。
 そんな水波のことも、やっぱりきれいだな、と思いながら、

「俺、これ以上何をやるのか全然知らないけど……平気だよ。昨日、水波さんが痛いかもって 言ったからびっくりしちゃったけど……それだけのものじゃ、ないんだよね?
 だって、キスも、びっくりしたけど、すごく……その……」

 それまで水波の顔を見つめて離していた土波だが、さすがに恥ずかしさが耐え切れなくなってうつむく。 どうにか、裏返った声で続ける。


「き、気持ちよかった、から……水波さんが、俺に痛いだけのことをするわけないって思ったし。 だから……」

 ここは頑張らなければと、顔を上げ、呆然としている水波をしっかりと見つめる。

「だから、大丈夫だよって伝えたくて、キスしたんだ。傷つけられるなんて、 俺は思ってない。だから――」


 もっと、触れて――


 言う前に、土波の口は水波の口でふさがれた。

 土波を押し倒すようなことはせず、数瞬口付け、離す――
 反射的に閉じた目をあけると、水色の瞳が、すぐ目の前で揺れていた。

「いいのか?」
 うなずくと、顔を上げると同時にもう一度口付けられる。
 今度は深い方だった。それでも土波は押し倒されなかった。二人とも床に座ったままで、 何かを確認するように、それでも、体は熱くしながら、舌を絡め合う。

「本当に?」
 これまでからは考えら得ないような穏やかなキスの後で、水波は再度問う。
 土波は赤くなりながら、微笑んでうなずく。不安そうに問い掛ける水波に、心から安心して欲しくて。

「土波――」
「ん――」
 三度目の口付けで、二人は床の上に重なりあい――


 …………


 …………


 …………


「水波さん?」
 それ以上、何もないのを不審がり、全体重をかけるように自分の上にのしかかっている水波に声をかけた。

「あ、あの、もしかして、これが痛いかもしれないっていうやつ?」
 たしかに、水波の体重は負担だったが、これといって痛くも気持ちよくもないような……
「ねえ、水波さん? 聞いてるの」
 と、三度問い掛けて土波はやっと気付いた。

 水波は――顔を真っ赤にして気絶していた。



 風邪の熱、再来。



「水波さん、水波さん、しっかりして――っ!!」

 土波は、自分の上に乗った水波をどうにかこうにか持ち上げベッドの上に移し (日頃の忍者修行と土木作業修行に感謝)、電話で人を呼び、荷物をまとめると、すぐさま水波邸を後にした。

 慌てて持ち出した鞄の中には、水波に渡すべきプリントが入ったままだった。


,,, たどりつけたら END
<つづく>


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