第6話 たどりつけたら 8


「水波……さん?」

 再度尋ねる、熱にうかされたような吐息の声。
自分の欲情が波打つのを感じ、水波は自制心を働かせるのにいよいよ必死になった。

(何をやってるんだ、オレは――)

 このままでは、昨日の二の舞ではないかっ!
 そう、分かっているはずなのに、この状況を捨てたがらない自分がいる。

 さっさと土波の上からどいてしまえば一番楽なのに。
 どうにか土波の顔を見ないよう、顔をそむけるだけで精一杯だった。
 土波の顔を見てしまえば歯止めがきかなくなると容易に想像がつく。

 震える潤んだ黒い瞳に、熱い息をつく唇。健康的な肌の中で、赤く紅潮した頬――

 どれもこれもが壊滅的に水波を刺激する。
 そんなことになったら、また土波を傷つけてしまうのに――




 水波は土波から顔を背けたまま、眉根をめいっぱい寄せて苦しそうな顔をしていた。

「水波さん、風邪、辛いの?」
 一瞬のキスをされたときとは別の不安にかられ、土波は尋ねた。
 水波は目をつぶって首を振る。
 あくまで――土波を見ようとしない――
「――っ」

 まだ俺のことが好きだなんて、本当は、嘘なんじゃないの?

 そう思うと、涙があふれてきた。
 自分は、こんな涙もろくなんてなかったはずなのに――
 水波を好きになってから、泣いてばかりいる気がした。




 土波の嗚咽を聞いて水波もまた慌て出した
 もう本当に昨日の二の舞だった。

(さっさとどけ! 土波をはなしてやれよっ!!)

 自分で自分を叱咤するが、どうにもならない。
 土波の泣く声を聞いて、さらに欲情しているんじゃないかとまで思う。

 土波を泣かせてうれしいのか? 馬鹿か、お前!?

 天波以上に最悪だっ!

 どんな罵詈雑言を浴びせても、体は一ミリたりとも動かなかった。
 いっそ、昨日のように土波が突き飛ばしてくれることを願ってしまう――
 そうなれば、少なくとも、土波の体に傷をつけることはなくなるのだから……

 そう、思っているのに、不安そうに呟かれる言葉の内容は、信じ難いものだった。

「水波さん、本当は俺のこと嫌いになったんだ」




「ばかっ! そんなわけないだろっ!」

 目が、合った。
 苦しそうで――一方で、燃え上がりそうな水色の、瞳――
「オレ、は――」
 しかし、すぐさまそれはそらされてしまった。

「オレは、お前を傷つけたくない。昨日と、同じことなんてしたくないんだ――」
 うめくような水波の告白。
 それを聞いて、土波はようやく自分の勘違いに気付いた。

 水波は、本当に自分のことを思ってくれている。
 だから、こんなにも苦しんでいるんだ――

 その気持ちに、応えたかった。
 土波は、水波の背に手を伸ばし――

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