第6話 たどりつけたら 7


 そう。あれは、間違いなく自分が悪い。

 そう思い、水波は暗鬱な気分になる。
 土波に好きだと言われ、すっかり舞い上がっていた。
 ディープキスも知らなかったような相手に、不安を感じさせるような言葉をかけ、 強引に自分の思いを遂げようとした。
 思い――欲情、劣情。自分勝手な情意。

 これでは、大嫌いな従兄弟と変わりないではないかっ!

 風邪をひいたのは自業自得だ。
 雨に打たれ続けたのは、土波を傷つけたと思い知って呆然としていたのもあったが、 自分で自分を罰するためでもあった。

 土波には、すっかり嫌われたに違いないと思った。
 なのに――

「水波さんは悪くないって!」
 椅子から立ち上がって土波は抗議する。

「俺が知らないだけでこ――」
 一瞬、息をつまらせ、思い切ったように続ける。
「恋人同士がそういうことするんだっていうなら、俺――」
 おれ……と、そこで土波の言葉は途切れた。
 煙でも噴き出しそうな真っ赤な顔でうつむく。
 土波の気持ちをうかがわせるような発言に、水波は呆れたような、けれど本当はうれしくてたまらない、 奇妙な気分になる。

(やっぱり、土波はまだ、オレのこと――)

「恋人同士って……お前、まだそんな風に思ってるのか?」
「!」
 跳ね上がった顔は――今にも、泣き出しそうにゆがんでいた。




「――水波さんは、そう思ってないんだ……」
 謝らなきゃいけない。どんな顔で会えばいいんだろう。
 そんなことばかり考えていた。
 水波に、嫌われてしまっただろう、なんて、少しも考えずに――




「オレが、っていうか、お前が――」
「ごめん。俺、傲慢だった」
「へ?」
 水波は変な声を出してしまう。
 水波に風邪をひかせたのは自分だと言って譲らない土波だったが、今度の「ごめん」は、 また趣の違うものらしかった。

「傲慢、って、お前……」
 土波は、再びうつむき、体を震わせ、
「水波さん――もう、俺のこと、嫌いになっちゃったんだね……」
「! 馬鹿! お前、何言って――」
 水波の否定の言葉が届いていないのか、土波は振り向いて駆け出そうとする。

 ――冗談じゃなかった。

「土波!」
 水波はベッドを飛び出し、手を伸ばし――

 どだんっ




「った〜」
 土波は涙目になりながら痛みにうめいた。
 水波に嫌われていると分かって、いたたまれなくなって、部屋を逃げ出そうとした途端――

「――悪い。お前を止めたくて、つい」
「!」
 すぐ目の前に、水色の瞳があった。

 駆け出そうとした土波は、水波のタックルまがいな行為で床に押し倒されていたのだ。
「土波――」
 水波は、土波の負担にならないよう体をずらしてから、告げる。

「オレは、お前のこと嫌いになってなんかいねーよ。今でも、好きだ」




「……本当に?」
 そう問い掛ける黒い瞳は、不安そうに揺れていた。
 ――なんだってこいつは、わざわざ自身を不安にする勘違いばかりするのだろう?
 そんなことを思いながら、土波がちゃんと安心してくれることを願って水波は答える。
「ああ、本当だ」
 黒い目が見開き――ついで、安心したというように穏やかに細まる。
 それを確認してから、こちらからもきいてみる。

「お前こそ――オレのこと、好きなままでいてくれてるのか?」
 我ながら、回りくどい言葉になってしまったものだ。
 土波の瞳はきょとんと丸くなり、

「お、俺が水波さんを嫌いになるわけないじゃんかっ!」
 顔を真っ赤にし、叫ぶようにそう言った。




「土波――」
 水波の顔が迫ってくるのに気付き、土波は目をつむった。
 唇に、柔らかい感触が触れ――
 ……すぐに、離れた。
「水……波さん?」
 たったそれだけの感触でも――それ以上のことを考えてしまうのか―― 心臓を激しく波打たせながら土波はそっと目を開けた。

 これだけ?
 自分でも驚くほど、それ以上を期待する気持ちで。

 水波は――また、土波とは別の場所を見ていた。

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