そうしてたどり着いた水波の部屋は―― とても広かった。 いや、平屋でいくつもの部屋がギュウぎゅうづめになっているような自分の家の部屋と そこを比べるのが、そもそも特大の間違いだという気もしたが……。 天井が高く、奥行きのあるその部屋は、廊下を歩いているときも思ってしまったけれど、 西洋のお城か何かの一室を彷彿させる。 品のいいアンティークの家具と、ラジカセやパソコンといった電子的な機器という相反するものが、 見事な調和をもってそこには並んでいた。 それは、部屋の掃除を預かるメイドたちではなく、部屋の主の手腕に違いなかった。 部屋の主――水波は、窓際に置かれた天蓋つきの大きなベッドの上で、静かな寝息をたてていた。 彼の額の上には白い清潔そうな布が置かれ、ベッドのわきには水のはられた (それだけにしたって高価そうな)洗面器が置かれていた。 「どうなさいますか?」 そう尋ねるメイドに、土波は水波が起きるまでいたいのだという希望を伝えた。 生徒会のプリントについて、言葉で説明したいことがあるからと理由をつけて。 ここまで案内してくれたメイドは、何かあったときにはと屋敷内の連絡に使う電話の使い方を 教えてくれると、他に仕事があるからと部屋を出て行った。 そそくさと。 土波と同じように、仕事があるというのはとってつけた理由で、 ただ、いっしょにいると緊張してしまう水波の部屋を出たかっただけかもしれない。 一人残された土波は、ベッドの脇においてあった椅子(介護者用に準備されたものだろう)に座り、 穏やかな表情で寝息を立てる水波の整った顔を見つめた。 上を向き、かすかに息をつく形の良い鼻と唇。水晶のような水色の瞳を隠して閉じられた、 睫の長い目。陶器のように白い肌は、病人らしくなく、青白すぎることも熱で紅潮していることもなかった。 (やっぱり……すごく、綺麗だな……) トクン―― 思うと同時に、胸が高鳴った。 メイドに全くの勘違いをされた。部屋にいる水波が寝ていると分かった。 その二つのおかげでおさまっていたものが一気に上昇してきた。 (うああああ、ど、どーしよ〜〜〜) 別に誰かが見ているというわけでもないのに、顔に手を当ててうつむいてしまう。 (こ、こんな時に水波さんが目覚ましたら悲劇だ) と、思ってしまったのがかえっていけなかったのか。 うつむいたために見えなくなっていたベッドの上で、声のような音がした。 (ま、まさか、水波さん、本当に起きちゃった!?) うかがうように顔を上げると――上に向いていたはずの水波の顔が、土波の方に向いていた。 「――っ!」 心臓が大きく波打つ。 が―― 水波は目をつむったままだということに、すぐに気がついた。 どうやら、寝返りをうっただけらしい。 「な、なんだぁ……」 土波は小さく呟いて胸をなでおろした。 そして、水波の額の上から布が落ちてしまったことに気づく。 (そっか。水波さん、風邪だから……) 寝顔にどぎまぎしている場合じゃなかった。 自分は何のためにここに来た? 水波に、自分のせいで風邪をひかせてしまったから、そのお詫びを言いに来たんじゃないか。 土波はシーツの上に落ちた布を拾い、少し考えてから洗面器にそれを浸した。 「冷たっ――」 思わず声に出してしまう。 置きっぱなしで生ぬるくなった水、ではなかったようだ。 (そりゃそうか。水波さんちの人が、そんなことするわけないよね) 土波は冷水に浸した布を適度に絞ると、水波の額の上に置きなおそうとし――その前に、 そっと、その額に触れてみた。 顔色からうかがえたとおり、熱はもうないようだった。 そうと分かって、ほっとする。 と、同時に、水波に触れてしまったのだと自覚し、慌てて手をひっこめた。 (うう……なにしてんだろ、俺……。誰か見てたら滑稽にも程が有るよ〜) 自分で自分を恥ずかしく思いながら、土波は今度こそ、水波の額に布を置いた。 「これでよし、と――」 すとん、とさっきまで座っていた椅子に座り直す。 そうすると、土波はやることがなくなってしまった。 謝るという目的を果すには、水波が目を覚ますのを待たなくてはならない。 それまでは―― 土波の目は、水波の端正な顔に吸い寄せられていた。 それまでは、こうやってじっと、水波の顔を見ていることを許されるだろうか―― |