第6話 たどりつけたら 2


 今日、水波は学校を休んでいた。
 クラスメイトからその話を聞いた時(美形御三家の休学が噂になるのは当然の原理だ) 土波は正直ほっとしていた。
 昨夜、寝不足になる程一番不安だったのは、水波とどんな顔で会えばいいかだったのだから……。

 それなのに、わざわざ水波に会いに行かねばならない!?

「だ、駄目だよ! 俺――」
「……用事でもあるの?」
 同じ話を二度もさせられて機嫌が悪いのだろう。剣呑な雰囲気を視線にのせて金波は問うた。

「よ、用事はないんだけど……」
 思わず本当のことを言ってしまう土波。
「ほ、ほら、俺1年だし、他の人の方が……」

「天波先輩と冥波先輩は生徒に配布する資料の作成、私と月波君は小等部への伝達事項の確認、 木波は自然を守る会の会合、火波は野球部のコーチ、パソコンの海波は問題外。
 さて問題です。生徒会役員の中で、今日の放課後な〜んにもすることがなくて、 水波にプリントを届けに行くのが適任だと思われるのは誰でしょう?」
 前半は息つく暇もなく一気に、後半は生徒に問題を出す教師のように――にっこりと、 けれどぞっとするような笑顔を浮かべて――金波は土波に尋ねた。
 土波は、泣きそうになりながら自分の名前を答えた。

「そうだ。だったら土波君、クラスで配られたプリントの方も渡してきて下さいよ」
 そう言って立ち上がったのは、水波と同じクラスの木波響。
 土波の前までやってきて、生徒会のプリントの上に、数学のプリントをぱさりと置く。
「え、でも……」
 木波は、直接水波に渡したくないのだろうか?
 土波は不思議に思った。

 木波は水波に、自分と同じ思いを寄せている――
 土波はそのことを知っていた。
 知らされた、と言ってもいいかも知れない。木波は土波に好きな相手がいるかを尋ね、 いないと答えると、これから水波を好きになってしまうかもしれないからまずい、などと言ったのだ。
 つまりは「ライバルができるのはまずい」と木波は言ったのだ。
 その木波が今している行為は、敵に塩を送ることなんじゃぁ……?

 土波のそんな心情に気付いたのだろうか。
 木波は土波に顔を近づけ、こっそりと耳打ちした。
「僕は一生水波さんの友達なんです。友達に風邪をひかせた償いは、ちゃんとしてもらいますよ」
 自分の席に戻る木波。
 その様子をぼんやりとした目で追う土波。
 しばらくしてから、木波の言葉の意味を整理し始める。

 一生友達……つまり、木波は水波の「恋人」になることはあきらめた。

 風邪をひかせた償い……つまり、俺が水波さんに風邪ひかせたってこと!?

 土波は昨日のことをもう一度思い出した。
 水波に抱きしめられて、好きだと言われて、自分も好きだと言って、キスをして、そして――
 かーっと頭に血が上る。

 数日前までディープキスの存在を知ったばかりだったのに、水波の言葉によると、 「それ以上の何か」があるらしいのだ。
 その入り口段階、なのだろうか? 水波は土波の胸を……その、キス、というよりは、 むさぼるようにして……水波が「痛いかも知れない」などと言うものだから、 土波は不安になって逃げ出したのだ。
 その時、水波から逃げてすぐ後、雨が降り始めた。
 土波はすぐに校舎に入ったので大して濡れなかったが、もし水波が自分に拒まれたショックで その場に留まり、雨にずぶ濡れていたのだとしたら――

 ――そうだ! その通りだ!

 何故今まで気付かなかったのだろう。
 クラスメイトが噂していた。
水波が昨日、ずぶ濡れで登校したこと。それが原因で風邪をひいたこと。何故ずぶ濡れになったかは、 水波は固く口を閉ざしていたということ。
 昨晩水波のことを考えすぎた反動で、今日は水波のことを考えまい、 考えまいとしていた努力のたまものか……

(だ、だったら俺、水波さんに謝らないと……)
 激しい罪悪感。
 土波は突如それに襲われた。
 会うのが恥ずかしいとか体裁が悪いとか、言っている場合ではない。

(ちゃんと会って謝らなきゃ――!)




 土波は水波の家を尋ねることを強く決意した。

 したのだが……

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