第6話 たどりつけたら 1



 好きだ――
 もう、ぜったい放さない。
 すべてを――



「……なみ」
 ん……?

「土波ってば」
 んぅん……???

「土波!」

 耳元で叫ばれ、土波景ははっと目を覚ました。
 白い机につっぷしていた顔を上げ、見上げた正面にあったのは、意思の強そうな凛とした金色の瞳――
「か、金波さん!?」
 土波はびっくりして相手の名を呼んだ。

 九星学院中等部生徒会、副会長、金波輪[かななみ りん]。 現在2年生で、昨年度は会計の役職についていた彼女は、学年でも仕事でも、 土波の先輩に当たった。
 その彼女が眉をしかめて土波の顔を覗き込んでいた。

「あ、あの……何か?」
 黒い大きな目に不安の色をたたえ、首を傾げて土波は尋ねた。
 黒い髪と白いバンダナが揺れる。
「もう。会議中に居眠りなんかするんじゃないわよ」
 腰に手をあて、金波はふぅ、と息をついた。
「ご、ごめんなさい……」
 土波は慌てて謝った。

 そう、今は生徒会の会議中だったのだ。
 生徒の代表が集まる重要会議……そんな中で眠ってしまうだなんて、土波には初めての経験だった。
 その原因は何か?
 眠くなる原因など、簡単なこと。寝不足だったのだ。
 しかし、何故寝不足か、という原因に関しては、ちょっと常識とは違う所がある。

 土波は一晩中、ある人物のことについて考えていて眠れなくなったのだ。
 その人のことを考えると、胸が熱くなって、一方で苦しむほど痛んで、 とてもリラックスした睡眠になどありつけなかった。
 どんなに眠りたいと思っても、その人の瞳が、口が、手の感触が、 土波に考えることを止めさせてくれなかった。

 常識とは違うなんて言って……ただの恋わずらいじゃないか。
 まぁ、これだけでは常識通りだと思われる方もいるかも知れない。何が常識と違うのかは、 これからお話しよう。
 土波の物思いが常識とは違う所……それは、物思いの相手が、男であるということだった。




 九星学院中等部、2年1組、生徒会文化部部長、水波流。
 土波にとって生徒会の先輩である彼は、透き通った水色の瞳に、同じ色の長く美しい髪、 通った鼻筋に、形のいい薄い唇、線の細い輪郭――と、そりゃぁもう、女子が羨む程の美少年なのだ。 莫大な生徒数を誇る九星学院の中であって、最も美形だと認められた者数名に与えられる称号、 美形御三家の一人である。

 そんな彼は男子生徒ですら虜にしてしまう。
 土波もそんな中の一人……と、いうわけではなかったのだ。数日前までは。

 数日前――土波は生徒会長の天波から質の悪い悪戯を受け、かなりの精神的ショックを味わっていた。 そんな精神状態だったがために水波とトラブルを起こしてしまい、保健室で看病されることになった。
 そのとき、土波は水波に抱きしめられ――自分の中に不思議な感情が芽生えるのに気付いたのだ。

 はじめ土波はそのことを認めたがらなかった。しかしその後、3年の冥波、2年の木波など、 他の生徒会役員たちと接触するうちに土波は自分の水波への思いを受け入れ始めたのだ。
 そしてついに昨日、土波は水波に告白し、二人は――




「ちょっと、土波、きーてる?」
「は、はいっ!」
 金波に再度呼びかけられ、土波は朱に染まった顔で悲鳴のような返事をした。

 彼女は土波の顔をまじまじと覗き込んだ。
「ぼ〜っとしてるし、顔赤いし……もしかして、あんたも風邪?」
「ち、違うって! 別に、そんなんじゃ……」
 土波が否定すると、金波はそれ以上詮索しなかった。
「そ。なら、うつされないよう、注意して行ってきてね」
 変わりにプリントを一束取り出し、土波の前にある机に置いた。
『六月行事予定』と書かれたプリント。土波は既にそのプリントを、会議の始めに受け取ったはずだが……?

 土波が首を傾げていると、金波は「やっぱり聞いてなかったのね」と、土波を軽く睨みつけた。
「ご、ごめん……」
「これは、水波のプリントよ」
「…………え?」
「さっきも言った……って、ちゃんと今度は聞いてなさいよ。 あんたは、今日の、帰り、水波の、家に寄って、これを、届けてきて!」

 金波は土波の顔を目をそらさぬよう両手で押さえつけ、一言一言強い口調で言った。 ここまですれば、ぼけ〜っとしまくりで、一瞬でもすきあらば自分の思いにふけってしまう今の土波であっても、 聞き逃しようがない。
 しっかりと金波の声を聞き取り、脳に伝えて……

「え、えええ―――――――――――――ッ!?」

 土波は、今度こそ本当の悲鳴を上げていた。

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