「……なんって、自分勝手なんだ……」 水波の出て行ったドアを見つめ、土波は呟いた。 俺の言いたいことは何も聞いてくれないで、自分の言いたいことだけ言って行ってしまうなんて…… そこで土波は、あることに気がついた。思わず自問する。 ちょっと待て、俺は水波さんに何を言おうとしていた? ほっといてくれれば良かった。冗談であんなことをされるくらいなら。 あんなことをされたのが嫌だったのか? それとも……冗談でされたのが、嫌だったのか? 冗談でなければ…… ガラララッ 再び、ドアの開く音が土波の思考を遮った。 ――水波さんが戻ってきた!? 悶々とした考えは一変に吹っ飛び、ただその期待だけで胸が高鳴った。 しかし…… 「あれ? 土波君一人ですか?」 そう尋ねてきたのは、緑色の髪の少年だった。 生徒会黒板書記、木波響[きなみ きょう]。美形御三家には入っていないものの、優しい眼差しの美少年だ。 彼は生徒会以外にも「自然を守る会」の会長をやっているのだが、 その会員のほとんどは木波目当てで集まったと言われている。 そして彼は、 「水波さん来ませんでしたか?」 水波流のクラスメートであり、もっとも親しい人物だった。 「土波君?」 「あっ、ご、ごめん」 ぼーっとしていた。 水波が現れるという期待を裏切られ、水波には既に親しい人がいると思い出して。 「水波さん、さっきまでここにいたんだけど……」 「そうですか」 木波はふっとため息をついた。 「まったく……話したいことがあるって言っておいたのにどこかに行っちゃって……」 「そ、そうなんだ……」 あ、あれ? 土波は妙な違和感に襲われていた。 木波に対して普通に接することができないのだ。何故か、話しにくい。口が重い。 今まで、そんなことなかったのに……。 視線が木波とはどこか別の所に向きたがっていた。 「……土波君?」 土波の微妙な態度の変化に気づいたのか、木波が尋ねてきた。 「え? な、何?」 平静を装って尋ね返す土波。 木波は怪訝そうな顔をしたまま切り出した。 「そういえば僕、あなたにも2人きりで話したいことがあったんですよ」 「えっ?」 木波の瞳がじっと土波を見つめた。とても、真剣な眼差しで。 木波さんが俺に話したいこと? 土波はしばらく前の自分の考えを思い出した。 即ち、 ――女の子にもてる人は男に興味を持ってしまうのではないか。 も、もしかして、木波さん俺のこと―― いや、違う。これはきっと紅音さんと同じパターン…… 「あなた、水波さんのことが好きなんですか?」 ……ほら、やっぱり……。 紅音に白皇との関係を聞かれたとき、土波は誤解だと言って声を上げた。 しかし、今度は違う感情が生まれ、土波は黙り込んだ。 「土波君?」 「も……」 「も?」 ぐっと拳を握り締め、 「もちろん何とも思ってないに決まってるだろ! 男同士で好きとか嫌いだとかなんておかしすぎるよ。 そういう噂がみんな好きってだけで、事実無根なんだからね!」 一気に、早口で。 「さ、さっきさ、俺水波さんにも言われたんだ」 言葉が続かなくなってきた。 「に、逃げたりすると、また……勝手に変な噂……流されるから、普通に接しろって。 水波さん迷惑してるし、俺だって……」 俺だって迷惑なんだ。変な風に思われてちゃ。水波さんのことなんか……なんか…… 土波が黙り込むと、木波はふう、とため息をつきもう一つ別の質問をした。 「じゃぁ、今他に好きな人は?」 「い、いないよ」 って、俺、何で生徒会の先輩だからってすんなりそんなこと白状してるんだ!? い、いや大丈夫。好きな人いないってばれたって、初恋がまだだってことはばれないはず……。 初恋がまだだということには、ちょっぴしコンプレッレクスを抱く思春期の少年であった。 「……それって、やっぱりまずいですね」 しばらく黙考していた木波が口元に手を当てたまま言った。 「まずいって……何が?」 「好きな人がいないってことは、水波さんを好きになっちゃう可能性が高いからですよ」 「!」 ちょ……なんなんだ!? その思考の展開は!? 「あなたに好きな人がいれば、その人との恋をとりもってめでたし、めでたしに してあげようと思ったんですけど……」 「き、木波さん……?」 冷や汗を流す土波をよそに、木波はひとしきり考え込むそぶりを見せると、 「あ、聞きたかったのはそれだけなんですよ。じゃぁ」 さっさと生徒会室を去って行った。 「……い、一体なんだったんだ?」 首をかしげる土波を残して……。 |