第4話 さよならの教室2


「……なんって、自分勝手なんだ……」


 水波の出て行ったドアを見つめ、土波は呟いた。
 俺の言いたいことは何も聞いてくれないで、自分の言いたいことだけ言って行ってしまうなんて……

 そこで土波は、あることに気がついた。思わず自問する。
 ちょっと待て、俺は水波さんに何を言おうとしていた?

 ほっといてくれれば良かった。冗談であんなことをされるくらいなら。

 あんなことをされたのが嫌だったのか?
 それとも……冗談でされたのが、嫌だったのか?
 冗談でなければ……

 ガラララッ

 再び、ドアの開く音が土波の思考を遮った。
 ――水波さんが戻ってきた!?
 悶々とした考えは一変に吹っ飛び、ただその期待だけで胸が高鳴った。
 しかし……

「あれ? 土波君一人ですか?」
 そう尋ねてきたのは、緑色の髪の少年だった。

 生徒会黒板書記、木波響[きなみ きょう]。美形御三家には入っていないものの、優しい眼差しの美少年だ。 彼は生徒会以外にも「自然を守る会」の会長をやっているのだが、 その会員のほとんどは木波目当てで集まったと言われている。
 そして彼は、

「水波さん来ませんでしたか?」

 水波流のクラスメートであり、もっとも親しい人物だった。

「土波君?」
「あっ、ご、ごめん」

 ぼーっとしていた。
 水波が現れるという期待を裏切られ、水波には既に親しい人がいると思い出して。

「水波さん、さっきまでここにいたんだけど……」
「そうですか」
 木波はふっとため息をついた。
「まったく……話したいことがあるって言っておいたのにどこかに行っちゃって……」
「そ、そうなんだ……」

 あ、あれ?
 土波は妙な違和感に襲われていた。
 木波に対して普通に接することができないのだ。何故か、話しにくい。口が重い。 今まで、そんなことなかったのに……。
 視線が木波とはどこか別の所に向きたがっていた。

「……土波君?」
 土波の微妙な態度の変化に気づいたのか、木波が尋ねてきた。
「え? な、何?」
 平静を装って尋ね返す土波。
 木波は怪訝そうな顔をしたまま切り出した。

「そういえば僕、あなたにも2人きりで話したいことがあったんですよ」
「えっ?」
 木波の瞳がじっと土波を見つめた。とても、真剣な眼差しで。

 木波さんが俺に話したいこと?

 土波はしばらく前の自分の考えを思い出した。
 即ち、
 ――女の子にもてる人は男に興味を持ってしまうのではないか。
 も、もしかして、木波さん俺のこと――

いや、違う。これはきっと紅音さんと同じパターン……

「あなた、水波さんのことが好きなんですか?」
 ……ほら、やっぱり……。
 紅音に白皇との関係を聞かれたとき、土波は誤解だと言って声を上げた。
 しかし、今度は違う感情が生まれ、土波は黙り込んだ。

「土波君?」

「も……」

「も?」

 ぐっと拳を握り締め、

「もちろん何とも思ってないに決まってるだろ! 男同士で好きとか嫌いだとかなんておかしすぎるよ。 そういう噂がみんな好きってだけで、事実無根なんだからね!」
 一気に、早口で。

「さ、さっきさ、俺水波さんにも言われたんだ」
 言葉が続かなくなってきた。

「に、逃げたりすると、また……勝手に変な噂……流されるから、普通に接しろって。 水波さん迷惑してるし、俺だって……」
 俺だって迷惑なんだ。変な風に思われてちゃ。水波さんのことなんか……なんか……



 土波が黙り込むと、木波はふう、とため息をつきもう一つ別の質問をした。
「じゃぁ、今他に好きな人は?」
「い、いないよ」
 って、俺、何で生徒会の先輩だからってすんなりそんなこと白状してるんだ!?

 い、いや大丈夫。好きな人いないってばれたって、初恋がまだだってことはばれないはず……。
 初恋がまだだということには、ちょっぴしコンプレッレクスを抱く思春期の少年であった。

「……それって、やっぱりまずいですね」
 しばらく黙考していた木波が口元に手を当てたまま言った。
「まずいって……何が?」
「好きな人がいないってことは、水波さんを好きになっちゃう可能性が高いからですよ」
「!」
 ちょ……なんなんだ!? その思考の展開は!?

「あなたに好きな人がいれば、その人との恋をとりもってめでたし、めでたしに してあげようと思ったんですけど……」
「き、木波さん……?」
 冷や汗を流す土波をよそに、木波はひとしきり考え込むそぶりを見せると、
「あ、聞きたかったのはそれだけなんですよ。じゃぁ」
 さっさと生徒会室を去って行った。

「……い、一体なんだったんだ?」
 首をかしげる土波を残して……。

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