「天波」 「ん?」 「オレ、結婚するんだ」 唐突な発言に天波はまた絶句した。 冗談、なのか? 真意を探ろうと海波の目をじっと見つめる。 いつもと変わらない、にやけた表情…… 「言っとくけど、よくある政略結婚じゃないぜ。オレは彼女のことちゃんと愛してる」 「……」 「そんな顔すんなって。お前は冥波を見つけたんだろ? オレも見つけたんだ」 不服そうな顔を浮かべたつもりは天波にはなかった。 けれど、海波には微妙な心の変化まで分からせてしまうほどすべてを話してきた。 その海波が、結婚―― 「結婚したってさ、四六時中嫁といっしょにいるんじゃないんだぜ。 今までどーり、たまに顔だしてやるよ」 ……たしかにそうかも知れない。 天波は、海波との関係が何なのかを考えた。 体の関係を持っていても、海波と自分とは恋人どうしではない。 自分の恋人は冥波だ。海波は――何でも話せる親友。 それとも、兄のような存在だろうか? 夫が弟に会いに言って怒る妻など、そうそういようはずがない。 つまりこれからも天波と海波の二人は、たまに会って、言葉を交わし、体を交わす。 けれどそれは不倫でも浮気でもない。体を交わすことは兄弟げんかと同じ。 単なるスキンシップ。 ――なにも、かわらない。 「だからって、結婚式直後とかには来るんじゃないぞ」 結論がつくと、天波は笑って言った。 「はははー……実はそうだったりして」 「……は?」 「実はさっき式挙げたばっか」 「……私服……」 「そっこー着替えてきたの」 海波は体を起こすとベッドから降りた。 「さーて、これからハネムーン。しっかり奥さんの相手してやんないとなー」 「おまえなぁ……」 天波は呆れて呟いた。 昼間っからやっといて、夜もしっかり別の女と、とは……昔からそうだったが、 大した体力だ。 「お前も冥波んとこ行ってやれよ」 「……あぁ……」 ……私も同類か。 そう思いながら、天波はうなずいた。 九星学院の敷地内に、大きな洋風の邸宅が建っている。 学園の敷地内にあるといっても、その邸宅は生徒たちが自由に入り込める場所ではない。 高い塀にぐるりと囲まれ、大きな門の前には常に見張りが立っている。 そここそが、天波学園の創立者の血筋、天波家の豪邸だった。 しかし、生徒たちは天波空がその門をくぐるのを見たことがない。 誕生日やバレンタインに門前でプレゼントを渡そうと待ち受ける数多の少女たちは、 例外なく肩透かしをくらい続けていた。 では、天波はどこから家に帰っているのか? 生徒会長室に秘密の抜け穴があって、そこから地下道で通じている、 などと言えば、笑える作り話だと思われるだろうか? ……実際そうなのだから仕方がない。 抜け穴を使えるのは天波。そして、その天波から抜け道のことを聞いている冥波だけだった。 「あの後、どこに行っていたんだ?」 その日の夜、天波は隣で横になっている冥波に尋ねた。 冥波は天波に背を向けており、無言。 怒っていても、ちゃんと同じベッドには入っているのがかわいいというか、なんというか。 「……た?」 「ん?」 「お前こそ、どこに行ってたんだ?」 冥波が行った。聞き取りずらい、ひどく押し殺した声で。 「海波さんのところ」 びくん 冥波の肩がゆれた。 予想はついていた。けれど、聞きたくないことを聞いた、というように。 「――冗談だよ」 天波は後ろから冥波を抱きしめた。 海波に力任せに抱きついたときとは違い、そっと、やさしく…… 「海波さんとは会社の関係。それだけだよ」 抱きしめた冥波の体から、力が抜けていくのを感じた。身を、ゆだねてくるのを。 嘘をつくことに罪悪感はない。 海波には何でも包み隠さず話せる。けれど、それは海波が恋人ではないからなのだ。 「なんでも話せてこそ恋人」 天波はそうは思わない。 本当の恋人――冥波は、嘘をついてでも大切にしたい……。 本当のことを言ってしまったら、冥波はどんなに傷つくだろう? ちょっと他の生徒会役員に手を出しただけでも、冥波はひどく悲しい顔をする。 ――まぁ、その顔が見たくてわざと軽い浮気をしてみたりもするのだが―― それ以上傷つけることは絶対にしたくない! 「冥波、愛してるよ……」 天波の腕に、力がこもった。 ,,, 偽の言葉と真の愛 END
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