「……梨野!?」
「えっ……?」
喜びのあまり、緑野は梨野に抱きついた。
病院の一室。目を覚ました梨野のまわりには、緑野や梅野、神様はもちろんのこと、
連絡を受け、慌ててかけつけてくれたおばちゃんもいた。
(実を言うと、窓の外から心配そうに眺めてる人物とかもいたりして)
「良かった……みんな、心配してたんだよ……」
緑野の目から、涙があふれ出す。
見回すと、他のみんなも涙こそ出していないが、ほっとしたというか、
よかったというか、安堵の表情で梨野を見つめていた。
――自分は、何を考えていたのだろう。
梨野は自分の重大な過ちを、はっきりと確信した。
自分は、こんなにも愛されていた。なのにそれを、一人で嫌われていると
思いこんで、一人で落ち込んで、一人でみんなに迷惑をかけて……
「本当……心配かけ……て……ごめ……んなさい……」
梨野の目からも涙があふれ出した。
みんなに愛されていると分かって、うれしかった。
そんなみんなを疑っていた自分が、嫌な自分だと思えてしかたなかった。
「もう、梨野ってば、つられ泣きしないでよ」
緑野が涙笑いで言った。
「違うの……本当に梨野……」
「泣きたいときには泣けばいいさ。その方が後で楽だからな」
「うむ。それも一理あるな」
「もう、梅野も神様も……」
ダダダダダダダダダダッダダダダダ――
「廊下は走らないで下さい!」
「あっ、すいません」
誰かが階段を駆け上がる足音。
注意する看護婦さんに、謝る聞きなれた声……
ばんっ
「梨野!」
引き戸を勢いよく開けて、梨野を呼んだのはもちろん、
「かきの!」
「扉も静かに開けて下さい……」
「あっ……すいません」
また叱られてるよ。
「あんた、どうしたのよ。その格好……」
「ぼろぼろだな」
かきのを一目見て、緑野、梅野と一言ずつ。
梨野の心の世界から出たかきのの服は、ところどころが破れたままだったのだ。
しかしかきのは、そんなこと気にもしない。
「いーの、いーの。
梨野。これ、食べるか?」
言って差し出したのは、朝持っていたリュック。
「あっ! ‘かきのたね’だー!」
リュックの中身を見て、梨野はうれしそうに言った。
「今日湖行く時、‘かきのたね’もいっぱい持ってくって約束しただろ?」
「……」
そこで梨野は、ふと何かを思い出したといった顔で、
「そうだよ! 今日湖行く約束してたんじゃない! 早く行こうよ」
言ってベッドから降りようとする。
「えっ!? ちょっと、大丈夫なの? まだ起きたばかりなのに……」
「大丈夫じゃないか? 外傷とかじゃないんだから、気持ちさえ晴れれば」
「おっしゃ、決定な。行くぜ、梨野」
「うん!」
そしてその日の午後を、梨野はかきのたちと湖で楽しく過ごしたのだった。
P・S:その日すでに登場を終えてしまった真野は、草むらで
ちょっぴり寂しそうに彼女たちを眺めていたという……。
その日の夜のことだった。
「かー、きー、のー」
ソファの上で新聞を読んでいたかきのは、梨野の甘えた声に振り向いた。
「……はー……」
思わずため息。感嘆のため息だった。
「へへ……、似合う?」
梨野がちょっと恥ずかしそうに、上目遣いで言う。
かきのはぼんやりとして、上の空の口調で言った。
「そうだなー。17歳の梨野にも、似合ってるだろ―なー……」
――今のは今のでかわいいけど。
髪をおろした梨野は、真っ白なドレスに身を包んでいた。いわゆる
ウェディングドレスというものだ。
サイズはまったくあっておらず、だぶだぶだったが、それがかえって
かわいらしい。
すそを踏んで転ばないよう、気をつけながら歩いてきて、かきのの隣に
ちょこん、と座る。
「これね、おばちゃんが冬にハンテンだとかくれたときに、いっしょにくれたの。
梨野が結婚するとき、これ着て式挙げてほしい、って。
「……そうなんだ」
「梨野ね、もう、かきのがずっと側にいてくれるって分かったから、
今すぐ結婚してなんて言わないよ」
「そっか……」
ちょっとさみしいかきの。突然の告白に困ってはいたが、悪い気はして
いなかったのだ。
「けどね……」
「お……」
「梨野が大きくなって、このドレスが似合うようになったら、かきのが
プロポーズしてね……」
「ああ……」
それが、小さな梨野とかきのとの、最後の夜だった……。
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