天下一品! 幼少編!? ページ19


 ――えっく――ひっく――
 幼い少女の泣く声。

 ――えっく――ひっく――
 少女は、ベッドの上で泣いていた。

 ――えっく――ひっく――
 天蓋つきの、広い、大きなベッド。

 ――えっく――ひっく――
 そこで小さな体が、方の上げ下げを繰り返す。

 ――えっく――ひっく――
 枕に顔をうずめ、ひっきりなしに泣き続ける。

 ――えっく――ひっく――
 少女は歳に相応しない賢さを持ち、一人で考え込むことが多かった。



 そこでは、声に出さなくても、気持ちが音になった。
『みんな……本当は……梨野のこと……嫌いなんだ……』
 少女は、そこでずっと、考えていた。
『神様は、それがお仕事だから……』
『おばちゃんは、誰にでも優しいから……』
『ヨウちゃんは、おばちゃんに頼まれたから……』
『梅野くんは、ヨウちゃんと仲がいいから……』
『かきのは……』
「梨野が好きだからだよ」
「!?」

 突然のできごとに、梨野はびっくりして顔を上げた。
 目の前には、かきのがいた。
 シャツやズボン、マントのところどころに裂け目があり、そういったところや
顔に、いくつかの切り傷、すり傷が見てとれる。
『なんで……ここは梨野だけの世界のはずじゃ……』
「まるで眠り姫だな。いばらで道ふさがれてるなんて」
 梨野の心の問いには答えず、かきのは笑って言った。

 かきのが鉄の扉を開けたとき、目の前に広がったのは一面のいばらだった。
花などは、一つも咲いていない。ただ、刺ばかりの茎。
 かきのはそれをかきわけ、梨野のところまでやってきたのだ。
 その過程で、いばらの刺は当然牙をむいた。その結果が、いくつもの
切り傷、すり傷だった。

「王子様じゃないオレには、いばらが道あけてくれなかったみたいだな」
 そう言って、梨野に微笑みかける。
 梨野はうれしかった。けれど……
「梨野、帰ろう。オレといっしょに」
 かきのが手を差し出す。
 梨野は、
「……いや……」
 そう言って、視線をそらした。



「いやって……」
「かきのはどうせ、神様に頼まれてここに来たんでしょ!?」
「梨……」
「本当は、梨野のこと、邪魔だとか面倒だとか思ってるんでしょ!?
 かきのだけじゃない。神様もおばちゃんもヨウちゃんも梅野君も」
「そんなこと……」
「お母さんは、梨野を嫌いになって梨野を置き去りにしていった」
 かきのが言い返そうとすると、梨野がその前に口を開き、さらに続けた。
「お兄さんもお父さんも、梨野のこと嫌いだったから迎えに来てくれなかった」
 かきのの言うことを、聞きたくないとでも言うように。

「違うよ。そんなわけ……」
「違わないよ!
 梨野は知ってるの。星の守護が危険なお仕事だって。だから神様は
死んでも誰も悲しまない梨野を守護にしたんだ!」
 かきのの言うことを聞いたら、自分の気持ちが変わると思っているからか……

「神様は、梨野がみんなに好かれてるから……」
「梨野は絶対に帰らない! みんなその方がいいんでしょ?
 梨野はみんなのためにいなくなるの!
 かきのも早くここから出て行って! 梨野は一人になりたいの!」

 言うだけ言うと、梨野はかきのに背を向けた。
 しばし沈黙の訪れ。
 しかし、それは長く続かなかった。
 沈黙を破ったのは、かきの。



「いい加減にしろ!」
 びくっ
 突然の怒鳴り声に、梨野は肩をすくませた。かきのが梨野を怒鳴るのは、
これが初めてだった。
「そんなの、梨野が勝手に考えただけだ! 誰もそんなこと思ってやしないんだ!」
 肩越しのかきのの声。
「勝手な想像だけで人のことを決めつけるなんて、そんなの迷惑だ!
 そんなこと考えてる梨野なんて、本当に邪魔で面倒さ。……けど……」

 かきのは後ろから、梨野をそっと抱きしめた。
「いつも笑ってくれてる梨野のことは、みんな大好きなんだよ。
 そんな梨野に、早く帰ってきてほしいって、思ってる」

 怒鳴り声から一転した、優しい口調。梨野は帰ろうかという気もした。
 けれど、まだかきのを許せないことがあった。

「かきのは……梨野と結婚するの、嫌なんでしょ?」
「!?」
「梨野は、結婚すれば、ずっとかきのが側にいてくれると思ったのに……
 それが嫌だったから……梨野に側にいてほしくなかったから、
嫌だったんでしょ?」
「梨野……」

 梨野がなぜ、目覚めなくなったのか。なぜ、一人で閉じこもってしまったのか。
 かきのはようやく分かった気がした。

「違うよ。梨野」
 梨野を自分の方に向かせ、彼女の震える瞳を、正面から見つめてかきのは言った。
「オレは、梨野のことが好きだ」
「……」
「オレは、結婚なんかしなくても、ずっと梨野の側にいてあげられる。
 だから、結婚はまだしなくてもいいって思ったんだ」
「……本当?」
 梨野はかきのの目を見て尋ねた。
「本当だよ。だから、もう……」
 言ってかきのは、もう一度、梨野を強く抱きしめた。
「オレの側に、帰ってこいよ」

 …………
「……うん」


 ――パリーンッ――


 その瞬間、梨野の中にあったものが砕けた。
 あたり一面のいばらは消え去り、一瞬にして花畑が広がる。
 川の流れ。
 小鳥のさえずり。
 晴れやかな青空。

 それが、本来の、梨野の心の世界の姿――


    

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