エピローグ
チュン……チチ……
――鳥の……声がする……
梨野は、そっと目をあけた。
どうしたんだろう? 今まで、わたしは何してたんだっけ?
寝てたっていうことだけは確かだけど……
梨野は自分のおかれた状況が、よく理解できなかった。
梨野には――元の17歳に戻った梨野には、小さくなっていた間の記憶は
残っていない(あるいは、思い出せないだけ)のようだ。
――ここって……妙にあったかいけど、布団じゃないよね……。一体……
「!?」
そこで梨野は初めて気づいた。
自分がかきのの胸に顔をうずめていたことに……。
突如心臓が飛び跳ね出す。
鳥の声なんて、もう聞こえない。
聞こえるのは自分の心臓の音と、かきのの寝息だけ。
――何で!? 何でわたし、こんなことになってるの!?
冷静になって、何があったか思い出そうとすることができない。
考えよう、考えようとしても、何で!? どうして!? の言葉だけが、
心臓といっしょになって頭の中を飛び跳ねるばかり。
そこで……
「ふぁ……」
かきののあくび。目を覚ましたのだ。
「梨……あれ?」
かきのはすぐに、梨野が17歳に戻っていることに気づいた。
「はなして!」
言うが早いか、梨野はかきのの体を突き放すようにして飛びのいた。
「一体どうなってるのよ!? なんでわたしがかきのに、その……だ、抱かれてなきゃ
いけないの!? それにこの服、どこから……」
かきのから視線をそらし、早口にまくし立てる。その顔は真っ赤だ。
一方、かきのの耳に梨野の言葉は届いていない。
そのときあった感情はただ一つ。
「きれい……」
「えっ……」
かきのがもらした呟きに、梨野は真っ赤になったまま言葉を失ってしまった。
窓からもれる朝日に映え、きらきらと輝く純白のドレス。
それに身をつつみ、恥ずかしそうにうつむく梨野……。
かきのの目には、思ってもみない、これ以上ないというほどの、
とても、とても美しい光景に見えた。
かきのが立ち上がった。
梨野は彼を視界の端にとらえたまま動けない。
1歩進み、2歩進み、梨野に近づく。
梨野の金縛りはとけない。
3歩、4歩……
かきのが近づいてくる。分かってる。
でも、
動けない――
「好きだよ。梨野……」
「ちょ……やめてよ! ばかきの!!」
やめてと言いつつ、梨野はかきのを突き飛ばすことができなかった。
自分でも、その理由がさっぱり分からない。
今までは、手を握られることすら不快だったのに……。
どうして、こんなにも抱きしめられて平気でいられるの……?
「梨野……すごく似合ってるよ。結婚してほしい」
「えっ……? い、いきなり……」
かきのの発言に、梨野は当惑した。
数日前になら、「何バカなこと言ってるのよ」と軽くあしらえたはずのセリフに、
今は心が揺れ、とまどってしまう。
そんな梨野にかまわず、かきのは言う。
「いきなりじゃないよ。約束だ」
約束と言われても、梨野には何も思い出せない。思い出せるわけがない。
「勝手にへんな約束でっちあげないで!」
そう叫んで、きつい制裁でも下しているはずのところで……
「ね、ねぇ、かきの。わたし、約束なんて言われても……」
上ずった声しか出ない。無論、力強い腕に抱かれたままで。
――おかしい。
ぜんぜんいつもの自分らしくない。
何があったの? 何かあったの?
分からない。分からない。分からない。分からない……
分かるのは――
「結婚してくれるって言うまで、こうしてる」
そう言ってかきのは、梨野のことをさらに強く抱きしめた。
――!?
そこで梨野は、重大なことに気がついた。
「きっ……」
大きく息を吸い込んで……
「キャー――――――――――――――――――――――――――――――っ!」
「梨野どうし……えっ? ちょ、ちょっと待ってって……ああぁーっっ!」
とある山の洞窟に、この世の終わりかというほどの地響きと悲鳴とが
響きわたった……。
クスッ
どこかで誰かが笑った。
「もう少しで、きれいなバラ、咲きそうだったのにな」
<チャン、チャン。>
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