そうこうしているうちに、やっと部屋のつきあたりが見えてきた。 今度は扉ではなく、カーテンがはってあるようだった。ここまでくると、 真野、梅野、緑野――と、おなじみの面々が並んできた。 「会った順ってわけじゃないんだ……」 やっと気づく。 ――だったら、オレの絵もここらへんに…… なかった。 「えっ・・・?」 かきのはたたたっと、来た道を数メートル戻り、目をごしごしごしっ! とこすると、 もう一度順に絵を見て行った。 真野(=梨乃。同じ縦の列に、棒人間と人間が混じってる)、梅野、緑野、 神様、おばちゃん、……カーテン。 「なんでオレの絵ないんだ……」 呆然とつぶやく。 ――もしかしてオレって、梨野にとって、記憶するにも足らない存在だとか…… マイナス思考がはたらく。 『管理の梨野』は、何してんだかといった表情で、 「次行くよ」 と、かきのをうながした。 かきのは呆然としたまま、カーテンと壁のさかいめを凝視していた。 かなりのショックだったらしい。 「かきのの絵はこっちにあるよ」 「何!?」 カーテンの端を握る『管理の梨野』の言葉に、かきのは一瞬で生気を取り戻した。 「本当か!?」 言うが早いかマッハでカーテンを駆け抜ける。 そして、かきのの目の前に広がったのは…… 「!」 まるで、ビックリハウスの鏡の世界のようでもあった。 服装が違ったり、年齢が違ったりする……それらはすべて…… 自分。 広さはそんなになく、つきあたりの扉はすぐ見える。しかし、それだけの 空間であってもかきのの絵が一面にあるというのは…… 「オレって、梨野にとって特別な存在ってこと……!?」 思わずこぶしをにぎりしめ、反対に顔はゆるんで、じわりとにじむはうれし涙。 今まで梨野は、自分のことをなんとも思ってくれていないようだった。 はっきりいって、邪魔にされることの方が多かった。それが実は、 心の中ではこんなに思っていてくれたなんて…… 「ま、仕方ないよ」 つっ立って感動にひたるかきのに、『管理の梨野』はフッとため息をついて、 「あんなにしつこくまとわりつかれたんじゃぁ、梨野もかきのの記憶ばっかり 増えずにはいられないんだよ。 困ったことに。」 ザシュッ ドサンッ かきのの胸のうちに咲いた大輪の花は、一瞬にして大がまで刈り取られた。 「……そうさ。そうさ。オレはどうせ、梨野にとって、歩く生活費同然なのさ――」 その場にしゃがみこんで、ぶつぶつ、いぢいぢするかきの。 この部屋にある絵の中には、これと全く同じ場面があったりするが…… 言うまでもなく、今得た記憶でなない。 と、しゃがんだかきのの目に、一つのバケツが飛び込んだ。 それがあるのは次の扉――この部屋の出口の脇。 一本の、つぼみのバラがそこにはさしてあった。花屋で売られているものの ように、ナイロンの包みがされている。 「これ、なんなんだ?」 かきのの問いかけに『管理の梨野』は、 「梨野が気づけばね、ここいっぱいにバラが咲くの。けど、梨野はまだ 気づいてないから、その花はつぼみなの」 おおよそ問いの答えとは思えない発言をする。 しかし、かきのは気に止めず他の質問をした。 「気づくって、目が覚めることか?」 「う〜ん……それはちょっと違うんだけど……」 「じゃあ、どういう……」 「さ、次の部屋に早く行こ」 かきのにみなまで言わせず『管理の梨野』は、次の部屋への扉を開け始めた。 彼に謎を与えるだけ与えて答えを出さないことを、楽しんでいるようだった。 о о о о 「次の部屋はね、ここ3日間の部屋だよ」 『管理の梨野』に続いて扉をくぐる。 今度の部屋は、それほど広くなかった。さっきの――かきのの絵だけの ――部屋よりかは、まあ広いかな、といった程度。 たった3日間なのだから、当たり前のことではある。 そんな部屋なので、つきあたりはすぐに見えた。今度もまた、カーテンが はってある…… 「オレの絵、やっぱりあの向こうなのか?」 こくっ かきのの問いに、『管理の梨野』は無言でうなずいた。 『管理の梨野』がカーテンを開ける…… 「なっ!?……何だよ……ここは……」 かきのは驚愕し、かすれた声で呟いた。 その部屋は、かきのの絵が一面に並んでいた。 その部屋は、一面にバラがあった。 一面に、かきのの絵をぬって、枯れたバラがあったのだ。 「枯れ……てるのか?」 かきのの言葉に、『管理の梨野』は「見てのとおりでしょ」と答え、 「この部屋ね、前の前の夜に、すごくきれいにバラが咲いたの。 ……けどね、昨日急に、全部枯れちゃった」 「……それが、梨野が目覚めなくなった原因なのか?」 あまりの景色に棒立ちになったまま、かきのは言った。 しかし、 「梨野は『管理の梨野』だから、そーいうの分かんないや」 彼女は、しらじらしく、そう言った。 ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ 「で、ここが、梨野の『本当の心』があるところ』 『管理の梨野』は扉の前で言った。 今度の扉は今までの映画館のようなものではなく、おとぎ話に出てくる お城にあるような、大きな、がっしりとした、冷たい鉄の扉だった。 一面の枯れたバラの部屋を出たあと、また何もない廊下が続き、 その先にあったのが……、 この扉だった。 「『管理の梨野』の役目はおしまい。後はかきの、勝手にしてね」 「え?」 フッ―― 言うだけ言って、『管理の梨野』の姿は光のちりとなり、再び消えてしまった。 「案内、ご苦労さまでした」 かきのは天井を見て呟くと、鉄の扉に手をかけた。 |