天下一品! 幼少編!? ページ17

 かきのは『管理の梨野』の後ろを歩きながら、彼女の観察を始めた。
 しばらくはまわりの様子を見たりしていたのだが、大して代わり映えのない気色に
あきてしまったのだ。
『管理の梨野』は、どこかの中学校の制服のような、黒いセーラー服を着ていた。
黒い服には、少し葬式のイメージもあったが、かきのはやっぱり、梨野は
何を着ていてもかわいいと思った。
「ここが梨野が生まれてから、しばらくの部屋だよ」

「え!? あ、ああ。そうか……」
 じ〜っと後姿を追っていた梨野がいきなり振り向いたので、かきのはドキリとした。
しかし『管理の梨野』は、見られていたことについて何も言わなかった。
 ホッとしたかきのが『管理の梨野』の言う方を見ると、映画館によくある形の
扉があった。
 ギギィ……
『管理の梨野』が、その扉をゆっくりと開けていく。
「言っておくけど、中のもの、勝手に位置変えたりしないでね」
「? 分かった」
 中のものって、一体何があるんだ?
 かきのは疑問に思ったが、そんなこと、中に入れば分かること。
『管理の梨野』に続いて扉をくぐった。

「……すげー……」
 部屋に入ったかきのの、第一声はそれだった。
 その部屋は、とことん広かった。といっても、幅は今までの廊下とまったく
変わっていない。すごいのは、奥行きと高さ。その両方において、
つきあたりというものが見えない。
 左側の壁にはなにもなく、ただまっさらな白い壁が続く。
 右側の壁には、何枚もの肖像画が規律正しく並ぶ。
 肖像画は、横の列にはそれぞれ別の人――動物のもあるけど――が。縦の列には
同じ人の、違う場面が並んでいるようだった。

 かきのは『管理の梨野』の後ろをぶらぶら歩きながら絵を見ていた。
 老若男女を問わず、何人もの絵が並んでいたが、知っている人物の絵は見当たらない。
いくらか進むと部屋のつきあたり――次の扉が見え始めた。
「あれ?」
 扉の手前、3枚目の絵を見て、かきのは立ち止まった。その絵に見覚えがあったのだ。
「これて、真野が持ってた写真の……?」
 そこに描かれていたのは、自分にうり二つの男。
 そう、梨野の父親。……と、真野は言っていたが……?

「梨野。この絵の人って、本当に梨野の父さんなのか?」
「梨野、知ーらない」
「…………」
『管理の梨野』のそっけない返事に、かきのはしばらく沈黙した。
「もう次の部屋行くよ?」
「わ、分かったよ」
 すでに次の扉を開けて待つ『管理の梨野』に、かきのは慌てて駆け寄った。おかげで
残りの2枚の絵を見損ねてしまった。
 そこに描かれていたのは、長い黒髪の女性と、柔らかそうな金髪の、利発そうな
男の子。
 もしかきのがその絵を見ていれば、はっきり誰とは分からずとも、「知ってる
気がする」とは思ったことだろう……

    ⇒ ⇒ ⇒ ⇒

「ここは梨野が神様に会ってから、ついこの間までの部屋だよ」
 2番目の部屋を歩きながら『管理の梨野』は説明した。
「へー……」
 今度の部屋では、最初の方はさっきのように知らない人物の絵ばかりだったが、
ある程度進むと、知っている人物がでてきた。
 商店街の人や、これまでに起こった事件でかかわった人たちなど、
かきのと梨野、共通の知り合いだ。

 後半から知っている人が増えた。
 かきのはそこから、ここに並んでいる人物画は、梨野が出会った人を
出会った順に並べているのだろうと推測した。
 つまり、前半はかきのが神様に生み出される前、後半は自分が
生み出されてから、という考え方だ。
 が、
 梨野が「神様に会ってから」出会った人物を、出会った順に並べていると
いうなら、神様の絵は、一番最初に飾られているはず。
 かきのはまだ、それを見かけていなかった。

「しっかし……」
 かきのはぽつりと呟いた。
「広いなぁ……」
 この部屋は、さっきの部屋とは比べ物にならないほど大きかった。
 幅はやはり、変わっていない。しかし、次の扉までの距離がとことん長い。
 絵の枚数が倍以上なのだ。

「当たり前だよ」
 かきのの独り言に、『管理の梨野』は即座に反応した。
「さっきの部屋は、0歳から5歳の五年間。こっちの部屋は、5歳から17歳までの
12年間。期間が7年間も違うもの」
「…………」
「乳児期や幼児期なんて、まだ社交度が低くて、関わるのは家族くらいな
ものだしね」
「……なるほど」
 とか相槌をうちつつ、実はよく分かってないかきのだった。

 てく、てく、てく、……
 かっ、かっ、かっ、……
 しばらく、2人の足音だけが部屋に響いた。

「そういえばさ」
「何?」
 絵を見るのに飽きたかきのが、『管理の梨野』に尋ねた。
「今の梨野は小さくなっちゃってて、7歳から後の記憶は覚えてないんじゃ
なかったのか?」
『管理の梨野』は振り向いた。なんだ、そんなこと? といった表情だ。
そしてまた、すぐ前を向いて歩きながら説明する。

「梨野は記憶をなくしたんじゃなくて、記憶を引き出せなくなっただけだよ」
「……?」
「もし梨野が記憶をなくしてるんなら、この部屋は消滅してるし、
梨野の記憶、17歳の姿に戻っても、忘れたまんまになっちゃうじゃない」
「うーむ……」
「たとえば……」
『管理の梨野』は再びくるっと振り返る。後ろ歩きを続けたままのその姿は
一瞬かすみ……
「!?」
「なーんてこともできるの」

 呆然とするかきのに、『管理の梨野』はおどけて言った。
 17歳の梨野の姿で。しかも、なぜか膝丈のブレザー姿だ。
「わたしにこんなことができるのは、梨野に17歳の姿で鏡を見た記憶が
ちゃんとあるからよ」
「……はぁ……」
 ――けど、梨野って、あんな服着たことないよな……
 などとかきのは思ったが、『管理の梨野』が制服姿をとるのは、街行く学生を見て
自分も着てみたい、と梨野がほのかなあこがれを持っていたからだ。
 学校に行けば、友達がたくさんできるかも、と考えて。
 しかし学校に行くことは、神様に迷惑をかけるかもしれない。だから
自分の胸にしまい、結果、制服へのあこがれが、『管理の梨野』に
反映されているのだ。
 ……あんま関係ない話だけど。

「小さい梨野より、こっちの方がいい?」
 意地悪げな笑みを浮かべる。
「い、いや、別に……」
 ――梨野はどっちでもかわいいから……
「そう。じゃ……」
『管理の梨野』は、黒いセーラー服の6歳の姿に戻った。

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