[4] 光差す、心の世界は――
ばさっ
「っと……」
マントをひるがえし、かきのは廊下に降り立った。
「……廊……下?」
思わずセリフがしり上がりの疑問形になる。
かきのが降り立った場所は、他に例えられるものもなく、間違いなく、廊下だった。
しかも、かなり長く、先が見えないほどの。
天井が高く、学校などの建築を連想させる。しかし、学校それと違うのは、
教室につながる引き戸や、外を見ることができる窓が全くないことだった。
右も左も、まっさらな、壁。
ついでに電灯までもがない。
……光が入ってくる場所がない上に電灯なし。本当なら真っ暗なはずの世界に、
なぜかぼううんやりと、白夜のような薄明かりがあった。
かきのは十分、梨野について想像したつもりだった。なのに、なんでどっかの
学校の廊下みたいなところに出てしまうのか?
「失敗……しちゃったのかな……」
――まあ、戦争の真っただ中に出て、いきなり蜂の巣とかになったわけじゃ
ないんだし、もっかいやり直して……
かきのがこれからの行動について思案をめぐらせていると、
「あっ! かきの、やっぱり梨野を説得に来たんだね」
「!?」
聞き覚えのある声が、天井から降ってきた。その声は、間違えるはずもなく――
「梨野! 梨野なのか!?」
「……梨野は梨野でも、『管理の梨野』だよ」
「へ?」
管理の梨野って……
かきのが言葉の意味を理解できず呆然とつっ立っていると、正面に伸びる
廊下の奥の方から、透明なシャボン玉が飛んできた。
大きさは、親指と人差し指で作る輪くらい。
シャボン玉は、先の見えない廊下の奥から、まっすくかきのの所まで飛んできて、
その目の前でぴたり、と止まった。
そして、
ぱんっ
「――梨野!!」
シャボン玉が割れ、なんとそこに梨野が現れた。
「梨野……」
かきのは膝をついてしゃがみ、梨野の小さな体を抱きしめた。
「梨野。オレといっしょに帰ろ。オレも、神様も、梅野も、緑野も、
みんな心配してる」
梨野はかきのの腕の中で、困ったような表情を浮かべた。
「ここの梨野には、何言っても無駄だよ。ただの『管理の梨野』だもん」
こともなげにそう言う。
「……?」
かきのには、梨野が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
かきのの腕からするりとぬけると、梨野は右手の人差し指を立て、偉そうに
話し始めた。
「かきのの頭じゃ、こんなこと行っても意味不明かもしれないけど、ちゃんと
説明するとね……
まず、ここは神様の言う梨野の『心の世界』なの。
で、『管理の梨野』は、この心の世界の管理をしているの。
『管理の梨野』は、梨野の記憶とかを整理するだけの役割だから、
『管理の梨野』に何を言っても、梨野の『本当の心』に話しかけなきゃ、
意味がないんだよ」
………………
「とにかく、その……ここは梨野の『心の世界』で、『管理の梨野』……っていうか、
君には何を言ってもムダで、梨野の『本当の心』ってとこがあって、
そこに話しかけなきゃ梨野は目覚めない、ってこと?」
「うん。そういうこと」
しばらく一生懸命考え込み、かきのが確認を求めると、梨野――『管理の梨野』は
こくん、とうなずいた。
「じゃぁ……『管理の梨野』は、オレを『本当の心』のあるとこまで
案内してくれるのか?」
「うん。別に構わないよ。
どうせ一本道だから、迷ったりはしないと思うけど、梨野がせっかく並べたもの
いじられたら嫌だから、いっしょに行ってあげるよ」
言うと同時に、『管理の梨野』はくるっ、と半回転した。
かきのに背を向け、シャボン玉の飛んできた方へと歩き出す。
「ついてきて」
「分かった」
『管理の梨野』の言葉に、かきのも続いて歩き始めた。
……先の見えない廊下は、一体どこまで続いているのだろうか――
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