真野が去ったあと、かきのは再び瞬間移動の体勢にはいった。 梨野について、イメージしようとする。 笑った顔、怒った顔、あきれた顔、悲しそうにしている顔―― いろいろな梨野の表情が、頭の中をかけめぐっていく。話に聞く走馬灯の ようだった。 梨野の好きな食べ物といえば、‘かきのたね’。 梨野の趣味は懸賞。 梨野の好きなテレビ番組は懸賞番組…… 「ちょっと待った!」 再び待ったがかかった。 今度の声は真野ではない。 「梅野? どうしたんだ」 瞑想を切りやめ、声の方に向き直ったかきのは、屋上の出入り口の影に立っていた 梅野に声をかけた。 「話はすべて聞かせてもらった」 …… 一瞬の沈黙。 「もしかして、真野に出るとことられたとか?」 「うっ……」 思わずうめく梅野の頭上に、『図星☆』の文字が現れ消えた。 基本的におバカなかきのだが、たまに鋭い。 「そ、そんなことはどうでもいいだろ!」 ――かわいそうな奴……。 神様とかきのは、梅野にちょっとだけ同情した。 「どうでもいいことは置いたとして、結局なんなんだ?」 「神様」 「ん? な、何だ……」 かきのにうながされた梅野は、なぜか神様をにらみつけた。 「行ったことのない場所に、想像だけで瞬間移動をしようとする場合、 かきのには、それなりの覚悟がいるんじゃないのか?」 「……」 梅野の言葉に、神様は口を開かなかった。 「? どういう意味なんだ? それ」 かきのがかわりに問い掛ける。 「かきの。お前、行き先決めずに瞬間移動をしたことがあるか?」 「えっ……」 かきのはしばらく首をかしげ…… 「あった、あった! あんときはとにかくその場から逃げださなきゃって思ってさ、 そしたら火山の火口近くで、あわてて別の場所に瞬間移動しようとしたら、 今度はすっげぇ寒い雪山! でもってまた瞬間移動使ったら……」 「もういい……」 まだまだ長くなりそうだったかきのの冒険談は、あきれ顔の梅野の制止によって 終わりをつげた。 「ここまできて、まだ分からないのか?」 「何が?」 「……」 「はっきりした行き先を決めずに瞬間移動を行うことは、はっきりしていない 行き先――つまりは、梨野の心の世界に瞬間移動するのと同じ事…… そう、言いたいんだな。梅野」 「その通りだ」 神様の言葉に、梅野はうなずいた。 「……確かに、お前の言う通りだ……」 神様は思い口調で言った。 「そーいやそーだった。さっすが梅野! すっかり忘れてたよ。てへっ」などと、 おちゃめに言えるわけがない!! 「かきのを騙すつもりはなかったのだが……ただ……その……梨野を救えるのは かきのしかいない。そのかきのがおじけずいてしまっては……」 もっともらしい言い訳を、つまりながら――もともとそういう話し方してて 良かったな〜、と思いながら――口にする。 「そんなの心配無用だって!」 神妙な表情を浮かべた神様の言葉を遮り、かきのは言った。 「梨野はオレが守るし、救う。それが、初めて梨野と会ったときからの誓いだ。 自分に危険があるからって梨野を見捨てるようじゃぁ、オレは守護失格だよ」 ――そんなこと分かってるって。 かきのを創ったのは神様である。かきのの性格なんてもの、先刻承知のすけだ。 「ま、お前なら、悩みもせずにそう言うと思ったよ」 梅野はあっさり言った。 彼も長いつき合いの中で、かきののそういった性格は分かりきっているのだ。 「……じゃあ、何でわざわざそんなこと言いにきたんだよ?」 「これだけは言っておきたかったんだよ。 ……梨野を救えるのはお前だけだ。つまり……」 梅野はきっぱりと言った。 「お前に何かあったら、梨野も助からないからな」 「……分かったよ。 ――じゃ、オレ今度こそ行ってくる!」 「梨野のこと、頼んだぞ」 「ああ」 神様の言葉を背に受けて、かきのは再び、梨野のイメージをロードし始めた。 今度はさっきの梨野自身のイメージに加え、自分と梨野との思い出も よみがえってきた。 ‘かきのたね’をつまみ食いして、締め出されたこと。 漢字が読めなくて、バカにされたこと。 髪に触れて、手を思いきり叩かれたこと―― (ここまできて、あまりに情けない思い出ばかりだと気づき、他にはないのか〜っ! と改めて記憶をさぐる) 初めて梨野の手を握ったダンスパーティー。 真野敵から救ったときの、「ありがとう」の言葉。 それから…… それから、小さくなった梨野が自分を頼ってくれた夜。 ――梨野は、オレが守んなきゃいけないんだ! ばさっ ビシュゥゥゥン 「……行ったな……」 「ああ」 かきのの姿が消えると、神様と梅野がそれぞれ呟いた。 「かきのが成功する確率は、『失敗したら梨野を救えない』という危機感で ほぼ100%だ。さすがだな。梅野」 「いえ……それより神様」 「何だ?」 「また忘れてただろ」 「…………」 梅野は、かきのだけでなく、神様のこともよく分かっていた。 |