天下一品! 幼少編!? ページ14
 
「――と、調査を行いましたが、特に異常はみあたりませんでした。
 目が覚めないのは……なにか……ストレスなど、現実から逃げ出したいという
気持ちが……幼児期の子供にストレスなんていうのも変な話ですが……」
「そんなことはどうでもいい! 梨野は目が覚めるのか!? 覚めないのか!?
 どうやったら覚めるのか!? それ以外はどうでもいい!!」
 医者の長ったらしい意味のない説明に堪えかねたかきのが
立ち上がって怒声を上げた。

 部屋――病院の一室には、医者とかきの、梅野、緑野、神様の5人がいた。
 神様は、聖域にいるときは声だけで姿を現さないが、こっちの世界にくるときは
「20代半ばの、女生徒から人気の先生」といったかんじの仮の姿でいる。
 梨野は別の部屋で、いまなお苦しげな寝息を立てているはずだ。

「……我々にできることは何もありません……昨日から食事をとっていない
ようなので、栄養剤はうっておきましたが……、それ以上、できることはないんです」
 医者の説明は途切れ途切れだった。彼もこういった患者は初めてなのだろう。
 自信のなさそうな医者の態度に、ただでさえイライラしていたかきのの気は
あおられまくっていた。
 また、医者の言うとおり、自分に何もできないと思うと、
どうしようもなく怒鳴りたい気分になってきたのだ。

 カッ、カッ、
「かきの! どこへ……」
「オレは、こんなとこで無意味な時間を過ごしてたくないんだ!」
 行って、扉を乱暴に開け、閉めた。

    ⇒ ⇒ ⇒ ⇒

 かきのは一人で病院の屋上にいた。
 いっこうに要領を得ない医者の話に愛想をつかし、一人になりたい気がし、
かきのは今、ここにいる。

 かきのはフレッシュ星の守護だった。
 けれど、かきの自身は、自分のことを梨野の守護であると、ずっと思っていた。
 梨野と出会ったったその日から、梨野を一生守っていく、そう誓っていた。

 しかし、今回の失態はなんだろう?
 梨野はなぜ目覚めない?
 はっきりした原因は分からない。
 けれど、自分のせいという可能性もある。

 梨野に何ができるのか?
 医者に何もできないといわれた。
 実際自分は今、梨野に何かしてあげるわけでもなく、ただただ
自己嫌悪にあけくれている。

 あまりに自分がふがいない。
 何か、してやれることがあれば……

「お前にしかできない梨野を救う方法がある、と言ったらどうだ?」
「!?」
 後ろからかかった声に、かきのは驚いて振り向いた。
 声の主は嘘をつくような相手ではない。

「神様! それは本当なのか!?」
「ああ……」
 かきのに問われ、人の姿をとった神様はうなずいた。
「……梨野があんなことになってしまったのは、私のせいなのかもしれない……
 お前の、言った通りだったのかも知れない……」
 言いつつ、かきのに自嘲の笑みを浮かべてみせた。
 声だけでは、知ることのできなかった、神様の素顔。

 ――神様は、神様なりに梨野のことを考えていたのか……
 かきのは、声だけでなく、神様の表情を見て初めてそう思い、
昨日言いたい放題言っていたことを少し後悔した。

「……オレにしかできないことって、一体何なんだ?」
 かきのは尋ねた。
「瞬間移動――梨野の、心の中へ、だ」
「!? 人の心の中へ瞬間移動なんて、そんなことできるのか!?」
 神様の答えを聞いたかきのは、信じられないといった顔で聞き返した。

「……私がいつもいる、あの場所は……私の心の世界のようなものだ。
 人間は、誰でも心の世界を持っている。
 お前が私の心の世界に瞬間移動で入ってこられるように、
人の心の世界に入ることは可能なはずだ……。
 けれど、人の心に入るには、その人の心のイメージがなければならない。

 かきの。いつも私の聖域へ来るとき、何を思い浮かべて瞬間移動をしている?」
「えっ……」
 いきなり問いかけられて、かきのは少し戸惑いながら答えた。
「何をって……オレは神様の聖域の『わけのわかんない景色』を思い出して……」
 神様は、一つうなずくと説明を再開した。

「お前は私の世界に来たことがある。だから、それを想像して、瞬間移動で
来ることが可能だった……。
 しかし、他の人間の心の世界など、誰も見たことがない。
 だから、誰も瞬間移動で人の心の中に入ることはできなかった……」
「ちょっと待て!」
 かきのが神様の話をさえぎった。
「それじゃあ、梨野の心の世界なんて行ったことないオレにも無理って
ことじゃねーか!」
「……人の話は最後まで聞け……。

 お前には、梨野の心の世界に入ることができる可能性が、0%でない要素が
2つある。
 1つ目……お前は、梨野を基につくられた存在だ。心の世界の同調が
あるかもしれん……。
 2つ目……お前は、梨野のことをずっと想ってきた。それだけ梨野の事も
よく知っている。梨野の心の世界のイメージはなくとも、梨野自身を
イメージすることには長けているはずだ……。

 以上2つが、お前なら梨野を救えるかも知れないという、私の推測の根拠だ……」

 絶望の淵に立っていたかきのの目が、再び輝いた。
「おっしゃ! 分かった。梨野の事を強くイメージして、そこに飛べば
いいんだな!」
「おそらく……な……」
「おそらくって……」
 かきのは、自信がないといった様子でうつむいた神様を見て絶句した。

「確実じゃないのかよ!」
「これは……推測だ」
「神様は、フレッシュ星を統べる神様なんだろ! なんで分からないことがある!」
「……私がなんでも知っていたならば、梨野は無事、母親の元であたたかく
育てられ、こんな事態は起きなかっただろう……」
「……」
 うつむく神様の顔には、やはり自嘲の笑みが浮かんでいるのではないだろうか。

「もういいよ、神様……」
 かきのは言った。
「かきの……」
「そうだよ。オレにとっちゃ、成功する確率が100%かどうかなんて、
まったく関係ないんだよ。
 梨野を救い出せる確率が1%でもあるなら、オレはそれを実行する!
 オレには今、それしかないんだ。

 ……責めて、悪かったよ。神様」
「いや……こんなふがいない神では……私自身が情けないさ……
 神である前に、梨野の保護者としても、な……」
 神様は顔を上げた。そして、はっきりした声で、
「がんばってくれ、かきの。無責任かも知れないが、梨野の運命は
お前にかかっている」
「ああ!」
 かきのもそれに応え、瞬間移動の体勢――立ってマントの端を片手で持つ――
に入った。

「ちょっと待った!」

 バンッ

 声と、屋上の扉を乱暴に開ける音とは同時だった。  自分に向かって歩いてくる人物を見て、かきのはまともに驚愕した。 「なっ、なんでお前がここに!?」  問われた相手は答えなかった。  かきのに向かって歩き続ける。 「何か……用なのか?」  やはり、答えない。  歩き続ける。 「まあ、今日はまだ来てないし、来るかもなー、とか思い始めてたけどさぁ……」  相手はかきのの目の前まで来て、やっと口を開いた。 「かきの! 勝負!!」  以下略。

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