[3] 小さな少女は、鉄の扉を――
次の日のことだった。
梅野と緑野は、並んで山道を登っていた。梨野の家へ向かっているのだ。
梨野とかきのが約束した湖へ、2人もまたいっしょに行くことになり、
待ち合わせ場所が梨野の家だった。
2人は山の中にぽっかり開いた洞窟こと、梨野の家につき……
「何してんの? あんた」
第一声はそれだった。
「何って……熊と格闘してるように見えるか?」
「俺には、扉と格闘してるように見えるぞ」
2人が目にしたのは、梨野の家の扉をどんどん叩きまくっている
かきのの姿だった。
リュックを背負い、いつもと同じ白いカッターシャツに、黒いズボンと
黒髪の寝ぐせのかきのは、2人の方に向き直ると困った顔で言った。
「梨野のやつが出て来ないんだよ。チャイム壊れたかと思って、扉叩いてたとこ」
梨野の家のチャイムは、外には聞こえないつくりなのだ。こういった場合
不便である。
「まだ寝てるんじゃないのか?」
「梨野が?」
「……」
かきのの切り返しに梅野は黙り込む。
梨野はいつも、早寝早起きの規則正しい生活を送っていた。それはここにいる
3人ともがよく知っている。
「小さくなった梨野はお昼寝の時間も必要だ」などという説もあるかもしれないが、
梨野は今日のことを楽しみにしていたはずだ。そんな日に寝坊をするとは、
まず思えない。
そこで緑野が、別の質問を投げかけた。
「ところでかきの。あたし、あんたは昨日も梨野のとこに泊まった、とばっかり
思ってたんだけど?」
「……梨野が昨日、『一人で大丈夫だから』って言って、オレが家入る前に
鍵かけられた……」
『なるほど』
梅野と緑野は口をそろえて納得したが、かきのにはとうてい納得いかない
ことだった。
前の夜、梨野はあんなに一人を怖がっていたではないか。
それが急に一人でいたがるなんて――
「オレ、瞬間移動で中いってくる!」
言うとかきのは、マントをひるがえした。そして姿を一瞬で消し――
次の一瞬で、元の場所に現れた。
「……今、なにしたわけ?」
家の中に行くと宣言したかきのが、なぜか元の場所に一瞬の後現れた。
緑野にはワケが分からなかった。
かきのは少し考えた後、悲しそ〜に言った。
「……締め出された……」
本来の星の守護者は梨野。
かきのの‘力’は彼女からの借り物。
普段は梨野が‘力’を使うことはできないが、やろうと思えば
かきの以上の‘力’を使うことが可能。
梨野は今、その‘力’を使い――無意識か意図してかは分からないが――かきのが
瞬間移動で側に来られないよう障壁を張っているらしかった。
「そ、そこまで完全に締め出されるなんて……」
「どうする? ここで梨野が出てくるのを待つか?」
その場にしゃがみ込んで落ち込むかきのの肩に、梅野が手を置き
話しかける。
「お前がここにいる限り、出て来ない可能性もあるが」
いたわりの「い」の字もない口調だった。
「ちょっと待って。電話してみるから。
かきのならともかく、あたしにだったら話してくれると思うから」
さっと携帯電話を取り出し、梨野の番号にコールする。
「かきのならともかく」。2人とも、かきのに対してはっきりきっぱり冷たい。
――やっぱ、こういう奴らだよな……
かきのは改めに実感した。
1分ほどだろうか。緑野は携帯を耳にあてたままだった。
耳にあてたまま、一言もしゃべらない。
誰も電話に出てくれないようだ。
「……だめか。本当、どうしちゃったんだろ、梨野……」
かきのが何かバカをしでかしただけだろう、と軽く考えていた緑野が、
携帯をしまいながら、今度こそ心配そうに呟いた。
「だあ、もうがまんできねえ!」
かきのは叫ぶと立ち上がった。
そして、
どかっ どかっ
玄関の扉に体当たりを始めた。
電話にも出れない状態? 梨野に何かあった――そう確信し始めたかきのは、
いてもたってもいられなくなったのだ。
そして、その原始的行動が功を奏した。
メキメキ……バタンッ
「梨野!」
勢い余って扉といっしょに倒れた体を、すぐに上げると駆け出す。
「梨野! いなにのか!? いたら返事しろ!」
かきのは部屋という部屋をかけまわり声を上げた。そして寝室で……
「梨野……」
ぐっすり寝入っている梨野を見て、ホッと息をついた。
「梨野。起きろよ。今何時だと思ってるんだ?」
かきのは梨野の肩を、そっとゆさぶった。
しかし、梨野は目覚めない。
「梨野。今日、湖行くって約束だろ?」
やはり、梨野は目覚めない。
「お前が言い出したんだろ? なっ。早く起きろよ」
梨野は、目覚めなかった。
「……」
そこでかきのは、ようやく気がついた。
梨野の眠りが、ぐっすりなんてものではなかったことを……
顔中が汗だらけで、涙がつたったような後もある。
今もたまに、小さなうめき声を上げる――
「かきの。梨野いたか?」
「病院、行ってくる……」
「病院? 梨野どうかし……」
ばさっ
ビシュゥゥウン
梅野がみなまで言う暇あたえず、かきのの姿はその場を消えた。
「……なんか……、深刻そうな声だったな……」
残された梅野に、嫌な予感がし始めた。
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