梨野が何を言ったのか、かきのが飲み込むには時間がかかった。 かきの、梨野と結婚して 「………………………………………………………………………………ケッコン?」 目を丸くして、とりあえず呟いてみるかきの。 梨野は眉を反らせて訂正する。 「血痕じゃなくて、結婚、だよ」 「あ、そっか。じゃなくて、え……いや……え、ええ!?」 梨野との結婚―― その言葉だけならば、かきのの望みとばっちりきっちり合致する。 何度夢見たか分からない。 が…… かきのは梨野を見た。 真剣な瞳でこちらを見つめる、17歳の梨野ではなく、 まだ5歳の幼い少女。 「犯罪だな」 「犯罪ね」 梅野と緑野の声で幻聴が聞こえた。 ――まずい! やばい! ちょっと待て! いくら梨野は梨野とはいえ、ヤバイだろ、やっぱ!!!!!!? もともとあったかどうかも分からない下心は昨日完全に消えたはず! 今の梨野のことは、父親――いや、本当は嫌だけど、例えとして――とか、兄とか、 保護者的な思いで小さい梨野を大切にしようと思ったのだ。 なのに、梨野の方から結婚テ―― 「ねえ、かきの。結婚すれば、ずっと側にいられるでしょ?」 「?」 かきのが梨野の言葉の意味を悟る前に、 ガタタンッ 「きゃっ……」 いきなりの揺れがゴンドラを襲った。 о о о о 「なんだ。一体……? 梨野、大丈夫か?」 「う、うん……びっくりしたー。 ……停電でもしたのかな? 動いてないよ。観覧車」 梨野の言う通り、観覧車は揺れの後、ピタリとその動きを止めてしまっていた。 「停電かあ……いや、もしかすると……」 かきのの脳裏には、ある笑い声がこだまし始めていた。 かきのが思い浮かべるような笑い声を持つものは、一人の人物(元、棒人間) をおいて他にいない。 「梨野。これ、もしかすると真野の仕業かも知れない。 オレちょっと調べに行ってくるから、ここで待ってて」 一方的にそう告げると、かきのは取り出したマントを羽織り、その端をつかみ、 瞬間移動の体勢に入った。 「行っちゃやだ!」 きゅっ 「あっ、こら、梨野っ!?」 かきのがマントを取り出し瞬間移動するまでの0.05秒(6ページに明記)、 その間に、梨野がかきののマントの端を握り締めていた。 かきのの瞬間移動は、ただそう思えばできるというものではなく、 マントをひるがえすという手続きをふまねばならないのだ。 梨野がそれを知っていてマントをつかんだのかは分からないが……。 「行っちゃ、嫌だよ。かきの……」 梨野は、そっと、かきのの顔を見上げた。 その表情はどんな感情からのものか、かきのは気づくのだろうか? 梨野の頭を、かきのの左手が優しくなでた。 梨野の顔に、笑顔が戻ってくる。 「ごめん梨野。やっぱ、今は行かなきゃ」 ――かきのは、気づかなかった―― ぱっ…… 梨野の手が、かきののマントから離れた。 「じゃ、すぐ戻ってくるから!」 ビシュゥゥン 言って、かきのの姿はすぐ消えた。 『梨野。すまないが、私はいつでもお前の側に、いてやれるわけではないのだ』 一人になった梨野は、もといた場所に座り直した。 「かきのも、同じなんだね……」 ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ 観覧車が止まったのは、梨野が言ったとおり停電のためだった。 遊園地全体がそうなったのではなく、係員のミスで観覧車への送電が 一時的に止まってしまったらしい。 その係員にはいろいろと処罰が下るそうだが、かきのは身勝手にも、 「んな処罰、オレをこんな目に合わせてる罪に見合うかーーーーーーーーーっ!」 と、心の中で叫んでいた。 「梨野、本っ当に、本当に本当にごめんってば!!」 かきのは、土下座せんとばかりに頭を下げた。 遊園地から梨野家までの帰り道で、である。 観覧車が再び動き出し、梨野は無事、下に降りてきた。 のは良かったのだが、その時から梨野はかきのを無視し続けているのだ。 頭を下げるのは、もう何十回目になるのか…… 「……」 あっ。やっぱりまた無視されてる。 「ああああああああああああああああっ! 本当にごめんてば――――っ!! 梅野! 緑野! お前らも何か行ってくれよぉ!」 ついにかきのは、黙って状況を見守っていた梅野と緑野に泣きついた。 「仕方ないな……」 「もっとしっかりしなさいよねー」 2人は面倒くさそうにそれぞれ呟くと、梨野に話し掛けた。 「かきのも反省してるみたいだし、そろそろ許してやったらどうだ? ……まあ、一生許さないというなら、俺はそれでも全然かまわないがな」 「ねえ、梨野。無視なんかするよりさ、‘かきのたね’とか どーん、と買わせたほうがお得、って思わない? 「……お前らなあ……」 「……」 2人の説得(?)がきいたのか、梨野はジト目ではあるが、ゆっくりと、 かきのの方を見た。 そして、 「……明日、あの湖つれて行ってくれる?」 かきのの目が輝いた。 「あの湖って……?」 「ああ! そのくらいおやすいご用! じゃあ、おやつに‘かきのたね’いっぱい もってこうな!」 「うん!」 観覧車の一件を知らずに疑問の声を上げた緑野をさえぎってかきのが言い、 梨野も元気よくうなずいた。 ザザァッ 突然の突風。 「きゃっ」 緑野が思わず悲鳴を上げる。 「今年の時期風は、2日がかりみたいだな……」 梅野がぽつりと呟いた。 |