「あ〜っ! かきの遅い!!」 「ご、ごめん……」 かきのが遊園地に戻った時、梨野たちはすでに観覧車を降り、その前のベンチで 待っていた。 当然梨野は不機嫌である。 「お前どこに行ってたんだ?」 「別に。話す必要ないだろ」 (↑トイレに行く、と言って駆け出したことは忘却の彼方らしい) 「ごめんなー、梨野。次、どこ行く?」 「……ソフトクリーム食べたい」 少し考えてからの梨野の言葉に、かきのはすぐ今来た方を向き、 「じゃ、すぐ買って来るから!」 「待てよ」 「わっ!?」 襟首をつかまれ後ろにすっ転びかけた。 「な、何すんだよ梅野!?」 呼吸を整えながら言うかきのに、梅野は、 「お前、また梨野をおいていく気か?」 「あっ……」 その言葉にはっとし、かきのは梨野の方を振り返った。 寂しそう――というか、頬をめいっぱい膨らませた「不機嫌!」の表情を 浮かべ続けている。 「ソフトクリームくらい、俺が買ってくるよ」 「一人じゃ4つも持てないでしょ? あたしも行くわ」 歩き出した梅野の後を、緑野が追い、横に並ぶ。 ――あいつら、こっちに気配ったフリして、2人でふけたりしないだろーなー…… 2人の後ろ姿を目で追いつつ、そんなことを思うかきのだった。 о о о о かきのは梨野の隣に腰を下ろすと、ぱんっと両手を合わせて頭を下げた。 「ごめんなー、梨野。本っ当に! どうしてもっていう用事でさあ……」 梨野は正面を向いたまま、ぽつり。 「さっき、トイレって言わなかった?」 ――ヴっ!? 絶対0℃のツッコミだった。 「え、えーと、その……そ、そう、トイレって人間の生理的に どうしてもっていう用事だろ! な!?」 汗だくだく、心臓ばくばく。 思わず視線をあさってに向け、それでもなんとか言い訳するかきの。 「いっしょに観覧車乗りたかったのに……」 「えっ……」 視線を戻すと、梨野は下を向いて言葉を続けていた。 「きれいだったんだから。景色。すごく……」 「梨野……」 ……………… 「じゃ、今から乗りに行こ!」 「えっ!?」 沈黙の後、かきのは立ち上がり梨野の手を引いて言った。 「でっでも……」 「梅野たち来るのなんて、相当遅いぜ。きっと」 「……そう、だろうけど……」 その歳に相応せず鋭い梨野は、かきのの言う意味を理解していた。 「よしっ! 行こー!」 「ちょっと待っ……」 かきのは梨野を強引に引っ張って歩き出した。 ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ 「ねっ。きれいでしょ」 かきのの向かいの席で窓にくっついていた梨野が、 かきのの方へ視線を移して言った。 「本当だなー」 梨野の指さす方を見て、かきのも感心したような間延びした声で応える。 2人が乗っているゴンドラは今、頂点へと向かっていた。 この観覧車は遊園地の端に作られているので、遊園地内の様子だけでなく、 向こうの方の湖の湖面や、山なども見て楽しむことができる。 ……まぁ、かきのについては、目を輝かす梨野の笑顔が一番うれしいのだったが。 「そのうち今度はあの湖行ってボート乗ろうよ! あっ! 白鳥だー」 ――梨野、二度目なのによくこんなにはしゃげるなぁ……さっきは遊園地の方でも 見てたのかな? かきのはふと、そんなことを思った。 梅野と緑野に尋ねさえすれば簡単に出てくる答えなのだが、 かきのには、想像不可能なことだった。 一度目に乗った時には、ずっと下を向き、声を掛けられても上の空で相槌を 打つだけだったことなどは……。 湖がきれいだということも、梨野が実際に見たわけではなく、緑野が そう言って外を見るよう言ってくれたことを覚えていただけなのだ。 「ねえ、かきの……」 「ん? 何だい?」 2人の乗ったゴンドラが頂点を過ぎ、下り始めたころ、梨野はかきのの方に 向き直ると、真剣な面持ちで言った。 「梨野と結婚して」 「…………えっ…………?」 |