かきのは、『変な所』を歩いていた。 地面と言うべきところに足がついているわけではないのだが、とにかく足を 動かしていた。 まわりの気色は絶え間なく変わる。それは、足を動かそうが動かさまいが 同じだ。 あるときは、青色と白色のマーブル模様。またあるときは、雷の走り回る 黒雲の中。そして、またあるときは、神々しい光に満ちあふれた、あたたかい世界。 そんなわけのわからない『変な所』で足を歩ませていたかきのは、ふと 立ち止まり、声を張り上げた。 「神様! 出て来い! 大事な話がある!!」 その声は、しばらく空間でエコーを繰り返し、やがて消え、空間は無音に還った。 ここは、髪または、神の‘力’を持った数人のものしか入ることのできない 聖域だった。 ここに入るための‘力’というのは、具体的には「瞬間移動」のことなのだが、 真野が使っているような、悪の‘力’の「瞬間移動」では、ここに入ることは できない。 「神様出てこい! 梨野のことで話がある!!」 なかなか姿を現さない神様に、かきのは再び怒鳴った。 『かきの、何か用なのか……』 空間に、声が響いた。 重荘に、空間中に、響く声。 姿はあいかわらず現していないが、これはこの空間の主たるもの――神様の声だ。 「何か用なのか、じゃない! 神様なら、オレがどうしてここに来たのかも 分かってるはずだろ!?」 『……言わなかったか。私は『神』だが、『全知全能の神』ではない、と』 「こんなときにおちょくるなっ! 全知全能じゃなくったって、 大変なことになってる梨野を 見守るだけ くらいはしてるんだろ!?」 ……………… 『なぜ梨野を、一人にする必要があったか、ということだろ……』 「ああ!」 沈黙をおいて答えた神様に、かきのは不機嫌をあらわにしてうなずいた。 「小さいころ、いつも一人でいたせいで、梨野は人見知りになってたんじゃ ないのか!?」 かきのが梨野と初めて会ったとき、梨野には友達がいなかった。 かきのはそれを、梨野がきれいだから、女にはしっとされ、男には 近寄りがたい印象を与えるのだと思った。 けれど、しばらくつきあっているうちに、梨野の人見知りな性格が見えてきた。 買い物に行く店は、いつも決まっておばちゃんの店。 たまにスーパーで‘かきのたね’の特売日があると、行くには行くが、 試食販売のおばさんに声をかけられたりすると、慌てて逃げ出す。 自分と梨野が話すようになったことや、緑野との再開によって、梨野の人見知りは 直っていったと思っていた。 が、なぜ梨野が人見知りの性格を持つようになったのかは、考えたこともなかった。 昨日の一件で、はっきりとそれが分かった。 「あんな小さい梨野を、たった一人で生活させるなんて、何考えてたんだ!? それでもフレッシュ星の神様かよ!? なんでずっと、梨野の側に いてやらなかったんだ!!」 神様は、一呼吸おいて話し始めた。 『私も、5歳だった梨野に、一人暮らしをさせた事は、今は、後悔している……だが、 私にも、そうせざるを得ない事情があったし、次代のフレッシュ星の守護と 見込まれた梨野には、精神的に、強くなってもらわなければならない、とも 思っていた……』 「なんで守護者は強くならなきゃいけないんだよ! そんなもの、いつ必要だって言うんだ」 『そうだな……たとえば、仲間の誰か――お前の死、とかな……』 「!?」 『職業柄、そんな事態も十分あり得るのだ。……今の梨野やお前たちに、 そういった実感はないだろうが、フレッシュ星が始まって以来、何度か…… とにかく、本来星の守護は、辛い事と隣り合わせて生きていかなければならない。 だから、梨野に強くなってもらう必要があった』 「……だからって……だからって、神様に、梨野を親から引き離す権利なんか あったのかよ!?……そうだ! 梨野の両親は、一体なにやってたんだ!!」 『……これはまだ、梨野にも話していないことだが……梨野は、生みの親から 引き離され、育ての親には捨てられたという過去を持っている……』 「!? 梨野が……捨てられた――」 神様は、一つうなずくように間をおくと、話を続けた。 『私は、梨野の父親に頼まれて、山の中に置き去りにされ倒れていた梨野を助け、 梨野に会い、そして守護にと見込んだのだ』 「……その父親は、梨野を引き取らなかったのか?」 『仕方ないさ……私が梨野の父親の願いをきいたのは、最後の街――お前たちの言う あの世でだったのだからな』 「梨野の父親は死んだっていうのか!?」 『はっきり言ったな……。ああ、その通りだ』 「けど、母親は……」 『最後の街にやってくるものの、街に来る前の最後の願い、それが私には届く。 しかし、お前たちの住む世界で私に会えるのは、守護や、そのまわりの ものだけだ。 私が知っているのは、父親の『最後の願い』だけだ……』 「……じゃあ、神様が梨野と一緒に暮らせない理由はなんだったんだ!?」 『私が養っている子供たちが、梨野一人ではなかったからだ。 いくら私の住む世界の時間の流れが、お前たちの世界と違うとはいっても、 とても手がまわらなかった。 いつだったか、私に行くなと言う梨野に、この話をした事があった。 梨野はそのころから――私が守護にと見込んだ理由の一つだが――賢くて、 優しい子だった。 私の言う事を理解し、自分から、家事の仕方を学ぼうとするほどに……』 「梨野は……梨野は自分から、一人で生活できるよう、努力したってことか……」 『その通りだ……』 神様は静かに言った。 『まだ、言いたい事はあるか?』 その問いかけに、かきのは一瞬黙ったが、 「オレは、絶対梨野を一人になんかしない!」 言い捨て、瞬間移動を使い空間を出た。 かきのの気配が空間から消えると、神様はため息をつき、かきのの言葉を 肯定した。 『そうだ……私は、そのために……お前を創ったんだ……』 |