[2] 時期風の、吹く夜は――
翌日、かきのたちは某レストランに集まっていた。 かきのの横で梨野は、レモンスカッシュを飲みながら、しっかりと聞き耳を 立てている。 「オレは6歳の梨野を甘く見ていた」 「?」 かきのの開口一番に、向かいの席に座る梅野と緑野は疑問符を浮かべる。 「オレ、一応昨日、梨野んとこに泊まったんだよ」 「何かあったのか?」 「何もない! そういう言い方するな! と、とにかく……話戻すと、えっと……梨野って、5歳のときから一人暮らし だったって、前聞いたことあるだろ?」 「ええ。神様に育ててもらった、って言っても、つきっきりだったわけじゃなくて ほとんど一人暮らしだった、って」 「梨野はそのときに、神様から家事全般習っちゃってたから一人で暮らせて たんだよ」 「……あ、そっか」 「ようするに、6歳の梨野は誰かが面倒みなくても、もう一人で十分暮らせるんだよ」 「そう言われてみれば、そうね……」 「だろ? 昨日の晩と今日の朝、梨野、しっかりごはん一人分作ってんだぜー。 オレの立場、どうなるってんだよ」 「17歳の梨野にしても、6歳の梨野にしても、手の出しようがないな」 「だから梅野……もういい」 かきのはついに、梅野の説得(?)をあきらめた。 「で、かきの。今日はもう梨野のとこに泊まらないの?」 「いや、一応今日も泊まるよ。一応。真野の奴が来るといけないし、それに……」 「一抹の期待、というやつだな」 「……もういいって、本当……」 あきれてため息をつくかきのの横で、梨野もこっそり安堵のため息を もらしたことには、誰も気づいていなかった。 ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ その帰り道のことだった。 「ワハハハハ! かきの、約束通り、今日も勝負に来ましたよ!」 いつもの笑い声をひっさげて、真野敵が現れた! しかし……まぁ、勝負内容や結果は、語るまでないだろう。 ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ひゅゆゆーん ひゅひゅーゆ 洞窟の中に作られた家にも、亡霊の叫びのようなすき間風が流れ込んでいた。 その夜は、ずいぶん風が強かった。 「今夜はすごい風だなー。そういやニュースで、そろそろ時期風って 言ってたっけ……」 かきのは、ソファの上にシーツを広げながら一人ごちた。 フレッシュ星のこの地域では、この季節に1日か2日くらい、台風並の 暴風の吹く夜がある。 それが時期風と呼ばれるものだ。 今日は丁度、その風の吹く日らしかった。 かきのは晩ごはんを食べ終わったあと(それこそどういう風の吹き回しなのか、 梨野がごはんを作ってくれていた)、昨日と同じようにソファにベッドメイキング しているところだった。 風の音を聞きながら、ふと思いたつ。 ――梨野って、小さいころからず〜っと一人暮らしだったってことは、 こんな風の夜とかも一人で平気だった、ってことだよなー。相当 神経ずぶとかったってこと…… 「かきの……」 「!? 梨野……?」 ――前言撤回。 枕をかかえて出てきた、半べその梨野を見て、かきのは心の中で呟いた。 「どうしたんだ、梨野?」 かきのは、梨野のそばに言ってしゃがむと、その頭を優しくなでながら言った。 気分は幼稚園の保父さんだ。 泣き顔を、きっと上げて梨野は言った。 「かきのといっしょに寝ていい?」 バキッ かきのの中で、謎の音がした。 「えっ……いや……それは……」 しどろもどろになりながら、必死に言葉を考える。 ―― 小さくなっても梨野は梨野 ―― 数日前の、自分のセリフがよみがえる。 マズヒ! このままでは梅野の言った通りになってしまふ! いくらなんでもこれは断らねばっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 「な、梨野、やっぱりそういうことは、さ、その……やっぱ、オレなんかと いっしょに、っつうのは……」 「だめならいいの……」 そう言うと梨野は、再び下を向いた。 すぐに後ろを振り向き、自分の部屋へと歩き出す。 「梨野……」 「梨野は、やっぱり一人でがんばらなきゃいけないんだよ」 後ろ姿の梨野の呟きが、かきのに聞こえた。 その言葉は、かきのに聞かせるためのものではなく、自分自身に言い聞かせるための 小さな、小さな呟き声だった。 かきのは、できの良すぎる耳に感謝した。 |