天下一品! 幼少編!? ページ5
 
 梨野は、公園にあるベンチの一つに座った。
 梨野はずっと無言だった。ここに来るまでも。そして今も……
 自分の足下だけを、じっと見つめている。
 かきのは梨野の隣に腰かけた。
 うつむいたままの梨野は、表情をまったく見せようとしない。
 ふぅ……
「なぁ、梨野……」
 一つ息をついたかきのは、遠くの方をみて、話し始めた。
「親がいなくて悲しいっていうのさ、小さい梨野には辛かったかもしんないし、
13のときから親いなくて、それが当然だと思ってたオレには、その……
小さいころから親がいなくて悲しいなんて気持ち、確かに全然
分かんないかもしんないよ」
 かきのは一度言葉を切り、梨野に一瞬目をやった。
 梨野の変化はない。
 かきのはまた、あさっての方に目をやって話を続ける。

「たしか、街歩いてたとき一番最初に、おばちゃんが声かけてきてくれたんだよな」
「……うん……」
 梨野はうつむいたままだったが、言って一つうなずいた。
「あのさ、おばちゃんが本当のお母さんじゃなくても、梨野はおばちゃんに
本当の子供みたいに接してきてもらったんじゃないかな……」
「……」
「このさい、おばちゃんはお母さんであっても違っても、
関係ないとオレは思うんだよ」
「……」
「むずかしくて分かんないかもしんないけど……オレの言い方なんか
変かもしんないけど……」
「……」
「今までどおりで、満足だったんじゃないのか?」
 そう言って視線を移したかきのと梨野の目が合った。

 梨野がいつの間にか、かきのの方をじっと見て話を聞いていたのだ。
「梨野……梨野ね、今まで一度もそんなこと思ったことなかったの。
 けどね、けど今日はね、なんだかおばちゃんがお母さんだ、って気がして……
 いないと思ってたお母さんがおばちゃんだったんだ、って思ったら、
違ったって分かったとき、すごく悲しくなってきちゃって……」
「ワハハハハ!
 梨野! 迎えにきましたよ!」
 雰囲気ぶちこわしの、毎度お騒がせの聞きなれまくった声が響いたのは、
まさにその瞬間だった。

   「 ・ ◎ ・ |

 それがいたのは、公園のジャングルジムのてっぺんだった。
 いや、もう『それ』といわずに、彼と言って差し支えないだろう。
「真野[しんの]!」
「やあ、かきの君。久しぶりですね。
 でも、元に戻った私の名前は『梨乃[なしの]』だと、前言いませんでしたか?」
 ジャングルジム上の人物の、柔らかそうな金髪がさらりとなびく。。
 偶然公園の前を通りかかった女子高生の一団が、声に振り向きそのまま視線を
くぎ付けに。

 高いところに立ち高笑いを上げる。こんなことが好きなのは、フレッシュ星
広しといえど、今ジャングルジムでそれを実行している真野敵[しんの てき]
――本名、梨乃――くらいなもの。
 ……とは言い切れないが、このご近所でもっとも有名なのは、
間違いなく彼だった。
 真野敵と名乗る、赤いマントの棒人間の姿でいた頃から。
 いつ、どのように戻り、かきのたちの前に真の姿を明かしたかは
ここでは(も?)詳しく書かないが、口調まで思いっきりかわっていたりする。
 これがまた文句なしの美形! 美形にくらっとくる梨乃ではないけれど、
かきのがうかうかしていられなくなったことは確かだ。

「てめぇを『梨乃』って呼んじまったら、活字でおってる人はともかく、
言葉で聞いてるだけの登場人物は『梨野』と混乱するだろうが!」
「フッ……ならば、今までどおり、真野と呼んでもらうことにしましょうか」
 バッ
 ……スタ……
 真野(こちらもこの名でいかせて頂きます)は、ジャングルジムから飛び降り
見事着地。
 キャーーーーーーーーーーーーっ!
 道にいた女子高生たちが、いつの間にか公園に入ってきていて黄色い悲鳴をあげた。
(こけてほしかった……)
 一部はかきのや梅野の方にも目いってるけど。
 騒ぎを聞きつけ、ご近所から駆けつける人も増えてきた。
 カメラ付き携帯をフル活動させる方もいらっしゃる。

 騒がれるのに慣れっこ……いや、どっちかっつーと、目立つのが好きっぽい
風情のする真野は、堂々とギャラリーの前を横切り梨野の前へやってきた。
「さあ、梨野。迎えに来ましたよ」
「なーにが、迎えだ!」
 右手を差し出した真野に、かきのはベンチから立ち上がり対峙した。
「って、梨野だって分かるってことは、やっぱりお前が――」

 かきのは、家で梅野たちに聞いた話を思い出した。
 スルメに使われていたのは、物質的な毒ではなく、‘力’を作用させたもの。
 神様に‘力’を与えられた守護者であるかきのたち以外に、
‘力’を使うことができる人物といえば――

「ええ。あのスルメを送ったのは、この私ですよ」
 梨乃はあっさりと犯行を認めた。
「てっめ……梨乃を小さくして、どうしようってんだ!?」
「ふふふ……それは――」

「ロリコンだったらしいな」
「あ、なるほど」
「違いますっ!」
 こっそりギャラリーの中に紛れ込み、他人のふりしてボソボソ呟く
梅野と緑野に、梨乃はしっかりとツッコミを入れた。

「……もしかして、お兄さん?」

「えっ……?」
 かきのは、小さな呟きを聞き取って下を向いた。
 ベンチから降りた梨野が、かきのの隣に立っていた。不思議そうな目で
真野を見上げ、
「お兄さん、なんでそんなに大きいの? 葉ちゃんもそうだけど……」
『ちょっと待った―――――――――っ!』
 かきのと、他人のふりをやめた緑野の叫びがハモった。
「梨野! マジであいつが兄さんだと思ってるのか!?」
「あんな美形のお兄さんがいるなら、ちゃんと紹介してよ!」

 ………………

「緑野、お前今何か言ったか?」
「いや、つい、アハハ〜」
 ジト目のかきのに、笑って答えるメンクイ緑野だった。
 そんなやりとりを横目に、真野はもう一歩前に出る。
「さあ、梨野帰りましょう」
 かきのは慌てて梨野の前に出る。
「梨野。あんな奴のとこ絶対行くんじゃないぞ!
 何されるか分かんないんだからな」
「梨野、おいで。お父さんとお母さんも待っていますよ」
「えっ?」
 真野の言葉に、梨野は意外そのものといった顔をした。
 かきののズボンをぎゅっと握り、
「お父さん……」
「………………」

 真野はおもむろに、ふところから一枚の写真を取り出した。
 すたすた
「お、おい……」
 かきのを無視してぐりっとよけて、梨野の目の前まで歩み寄ると、
しゃがんでその写真をかざす。
「いいかい、梨野」
「?」
「この写真がお父さんでしょう?」
「……うん」
「この写真とこいつをよーく見比べてごらんなさい」
 言いながらかきのを指さす。
 写真にうつっていたのは、かきのにうり二つの男だった。かきのよりは、
多少年が上に見える。
「……いっしょ」
「よく見て。お父さんには、あんな変な寝ぐせはないでしょう?」
「……あ、ほんとだ」

「へんな寝グセで悪かったな!」
 怒鳴ると同時に、その寝ぐせがピコンっと動いたりした。
「と、いうわで、こいつはお父さんとは全くの別人なんですよ」
 怒るかきのを無視して、真野は写真をしまった。
「……」
 梨野はしばらく考える仕草をしてから、かきのの方に向き直るとズボンを放し、
「ごめんなさい。お父さんじゃありませんでした」
 ぺこり、と頭をさげた。


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