舞台はかわって某レストラン。そのレストランの窓際の一席で、一組のカップルが
食後のコーヒーと甘い会話とを楽しんでいた。 そして、そのすぐ近くにも、そのカップルと同じようなシチュエーションの席があった。 ただし、こちらは悲しい一方通行…… 「なー、梨野〔なしの〕ー」 男の方――一部分だけぴょこんと立った寝グセが特徴的な黒髪の短髪で、 けっこうかっこいい部類の顔立ち――が言った。 「何?」 梨野と呼ばれた女性――腰まで伸ばした綺麗な黒髪を後ろで一つにまとめている なかなかの美人――は、さして興味もなさそうに、コーヒーに目を向けたままで言った。 「このあと、南北ブリッジでも行くか?」 「何言ってんのよ。わたしすぐ帰るつもりよ」 男の誘いを梨野は間髪入れず断る。もちろん顔は下を向いたままだ。 一方通行をしているのは、言うまでもなく男の方だった。 「いーじゃねーかよー。少しくらいー」 男はなおも食い下がるが、梨野は、 「だめ(どキッパリ)。わたし見たいテレビあるんだから」 「テレビって……」 「こうすれば当たる懸賞必勝法」 その番組を聞き、男は眉をひそめた。 「梨野って、もとから運強くてけっこう当たってなかったか?」 梨野は突然両手を組むと、視線をあさっての方向に向け、思いつめた表情で言った。 「かきのたね一箱、なぜ当たってくれなかったの!?」 ずべっ! 思わずテーブルにつっぷす男。 どうやら梨野は、おつまみお菓子の‘かきのたね’のことが大好きなようだった。 「んなもん、オレが神様からもらってる給料でいくらでも買えるだろーがっ!!」 「あっ、そっか」 起き上がった男に言われて初めて気づいたというように梨野。……けっこう 天然なのかもしれない。 「でさ、行こーぜ、南北ブリッジ」 「う〜ん……やっぱりテレビ見たいしな〜……そうだっ! 一回帰ってから行こうよ。 ライトアップされてるころ! 一度見てみたかったんだー。 ねっ?」 今度は梨野の方が甘えた口調になっていた。 「じゃあいっそのこと、向かいの東西ホテルのレストランで夕食食べながら、って いうのは?」 「のった!!」 「かかった」(こっそり) 梨野がうれしそうに言うと、男の方は自分にだけ聞こえる声でつぶやいた。 「何か言った?」 「なんでもないよー」 そう言う男だったが、顔は思いっきりにこにこしているし、声も確かに弾んでいた。 次の瞬間―― ピルルルルン ピルルルルン 「携帯鳴ってるわよ」 「あれっ? いっけね。切り忘れてた。デート中は切っておくって決めてんのに」 「デート中じゃないじゃない」 梨野はコーヒーを飲みつつ、こともなげにそう言った。 「……」 男は数秒、ものすごぉく悲しそうな顔をしてから、携帯に手をやった。 「もしもーし。こちら星の守護者かきのです」 『かきのさんですね! 良かった……あ、あの私、西南中学で教師をしている 今野〔こんの〕と申します』 聞こえてきたのは、しっかりとした若い女性の声だった。 「中学校? 防犯訓練の依頼ならお断りしてるんだけど……」 『違います! 今、真野〔しんの〕とかいう……その、変なのが、教師一人を人質にして 校舎を封鎖しているんです』 「何ぃっ!? 真野のヤツがっ!?」 真野の名を聞いた男は、思わず声のトーンを上げていた。 『はい……それで、助かりたければかきのさんを呼べと言ってきたんです』 「なるほど……分かりました。すぐ行きます」 『ありがとうございます。お願いしますっ!』 そうして電話は切れた。 電話の内容からすでに暴露されているような気もするが、レストランで 食後のコーヒーを飲んでいて、梨野にぜんぜん相手にされなくて、 悲しい一方通行しまくっている男こそが、真野が呼べと言った星の守護、 かきの種〔たね〕だった。 梨野とかきのとの会話に出てきた「神様からの給料」というのも、これで 説明がつく。と思う。 一方その梨野はというと、ただかきののホレた弱みにつけこんで タカリまくっているのではない。いや、本当に。 かきのの思いを毛とも思わずあしらって、‘かきのたね’が大好きなが梨野こそが、 フレッシュ星の本来の星の守護なのだ。 かきのは梨野が星から受け取る力を分け与えられて‘力’を使っているにすぎない。 よって、かきのが守護の仕事をして神様からもらった給料を梨野に貢ぐ……もとい 渡すのは、しごく当然、まったく正当なのである。 なんてながながと説明して申し訳ない。 「かきの。電話、何だって?」 「なんでもない、何でもない」 そう言ってかきのは、再びコーヒーをすすり始めた。 「んまい。フゥ……」 「なにやってんだよ、てめーはっ!」 バンッ カララン ツカツカツカ 怒声と乱暴にドアを開ける音とをともなって、一人の少年がレストランに入ってきた。 服装は、なぜか半袖半ズボンの体操服。 まわりの目を気にせず歩み寄る先は――かきのと梨野がいるテーブル。 「……誰?」 かきのは見覚えのない少年に、のんびりとした口調で言った。 「オレは3年B組山ノ瀬築〔やまのせ きずき〕……」 少年――築は、右手の親指を自分に向けて、 体操服のゼッケンに書いてあるとおりの名を名乗った。 自分のがなくて人に借りてるってのは なさそうだな。少なくとも。と、 「じゃなくて、オレはよーするに西南生なんだよっ!」 かきのは少年――築のセリフにきょとん、として、 「……出れなかったんじゃ……?」 「体育だったの! さっさとみんなを助けに行けっっ!!」 強い勢いで怒鳴る築。それでもかきのは、まだの〜んびりとして、 「けど、西南中学ってどこにあるのか……」 「むかいだろーが〜〜〜〜〜〜っっっ! それでもセーギの味方かいっ!?」 実はこの東北レストランは、西南中学のおむかいさんだったのだ! かきのは本当にそのことを知らなかったのだが……どちらにしろ、態度が すっかり築を逆上させていた。 「これでもセーギの味方なんだけどさ〜……」 などと言いつつかきのは心の中で誓った!! ――さっさと終わらせて、ライトアップに間に合わせちゃるっ! と。 |