「ね、ねえ! 築君、いったいどうなったの!?」 今野は築の背中に叫ぶような声をかけた。 志津香を支えているため、移動がままならない。 今の今野の位置からでは、屋上の床が邪魔をして、かきのが梨野をとらえた以降が まったく分からなかった。 下から悲鳴のような声がたくさん上がっているのが聞こえた。 「ね、ねえってば! 築君!!」 屋上の端近くで、下を見下ろしたままの築に二度叫ぶ。 うつむいたままの築が、わずかに震えているのが分かった。 「き、築、君……」 まさか―― 今野の脳裏に最悪の状況がよぎる。 屋上から飛び降りてただですむはずがない。 それは当然のことだ。でなければ飛び降り自殺は成立しない。 けれど、それは一般の人の話であって、曲がりなりにも星の守護者であるかきのが そんな、まさか―― 志津香を支える手に、思わず力がこもる。 その時、やっと築が言葉を発した。 「そ……」 「そ?」 緊張した面持ちで言葉の続きを待つ。 築は、続きを大音声で怒鳴った。 「そんな簡単におりれんなら、最初からそう言えばっきゃろーーーーーっ!!!!!」 屋上から飛び出し、梨野を抱えたかきのは―― 空中で一回転して姿勢を立て直し、見事足元から着地していた。 グラウンドに集まっていたギャラリーたちから、 「ね、ね! 今の写真とった!?」 「明日の一面よ! いいわね!!」 「きゃー、かきの様ーーーーーーーーーーーっ!」 「のせる! ホームページに載せるわ!」 「ああああ! 私もさらわれてかきの様に抱きしめられたいぃ!」 なんて黄色い悲鳴がわんさか上がった。 そんな声の嵐などどこ吹く風。かきのは梨野を横抱きにしたまま、 仲間の二人の元へ歩いていく。その様子から見て、 この高さの着地にかかわらず足にはまったく負担がないらしい。 今野が思ったように、かきのは曲がりなりにも星の守護者なのだ。 築は――そのことを忘れていたわけではないが――ちょっとくらい(!?)目が 良くたって、それまでの印象というものがあったし、守護者なんていっても かきのはちんけな理由をでっちあげて人助けをさぼろうとしたり、 梨野にまったく頭の上がらない情けない奴だと思っていたわけで、 屋上から飛び降りて無事ですむはずがないとすっかり思い込んでて…… それが、 (それがなんだよ、このあっさりは!?)←読者代弁 「そんな簡単におりれんなら、最初からそう言えばっきゃろーーーーーっ!!!!!」 集まった近隣住民の方々から寄せられる歓声に、かきのは気をよくしながら 気絶したまるはげを介抱する梅野たちの方へ向かっていた。 (「どこ吹く風」なんてのは、まったく築の誤解である。ほめられりゃ うれしいのだ、かきのは。女として興味あるのは梨野だけだけど) そこに降ってきた築の怒声。 かきのは額に青筋走らせ振り返り、屋上に怒鳴り返した。 「ば、ばっきゃろーとはなんだ、このばっきゃろー!」 「お前の方がバカだ! バカじゃなきゃアホだ!」 屋上の築は腕を振り回しながら言い返してきた。 「な……そ、そういう奴の方がバカでアホで……」 「はいはい、低レベルなセリフしか出てこないなら、口げんかなんかやめなさいっての」 悪口をひっぱりだすのに頭をフル回転させているかきのを、緑野が止めた。 「梨野につばとばされたらたまんないから」 「………………」 「ったく……」 かきのが言い返さなくなったので、築は今野の方へ振り返った。 今の言い合いでかきのの無事はしっかり伝わったのだろう。 築の担任は、さっきの口調に現れていた恐怖心などもうどこにもない ほっとした笑顔を浮かべていた。 「梨野さんもかきのの野郎も、なんともないみたい。非常識なんだね、守護者ってのは」 「ええ、そうね」 笑いながら今野は答えた。かきのを「非常識」呼ばわりしながら、 教え子がとてもいい顔をしているのに気づいていたから。 「あ……あの、どうなったんですか……?」 場違いに屋上に到着し、弱弱しい声を上げたのは土羅だった。 「土羅君!?」 「どうしたんだよ。こんなに遅くなって」 「途中でエネルギー切れしちゃって……」 「エネルギー?」 「な、なんでもないです。ふふふ…… そ、そんなことより、志津香ちゃんは……?」 いぶかしげな表情をする今野に、土羅はあわてて言った。 なんだか、無理矢理話題を変えようとしているような(汗)。 「あ……先生。もう大丈夫です……」 タイミングよく目を覚ます志津香。 「まるはげ先生、無事でよかったわね」 「はいっ!」 「あっ、そうなんですか。じゃ、めでたしめでたしだね」 「そ、めでたしめでたし、だな」 土羅の言葉にうなずく築。 ちらりと振り向いた視線の先には、眠ったままの梨野を支える かきのの姿があった。 |