ページ7


「さーて、白状してもらいましょうか?」
 金波が心なしか嬉々として言った。一時でも心を奪われていた――それを
認めたくなくなるような悪魔の笑顔。

 ロープでぐるぐるにしばり倒されて床に座らされた彼を取り囲むのは五人と一台。
土波と火波は、離れた場所で何があったかを説明中。冥波はというと、
騒ぎの間も今も、黙々と本を読み続けていた。

「まず……あんたは誰? うちの学校? それとも他の学校のスパイ?」
 金波が尋ねてくるのにそっぽをむく。
 もう駄目だとは思っているが――最後の抵抗だ。

「意地になってるみたいですねー」
 と木波。
 へん、だ。意地になって悪いかよ。

「えいっ!」
 突然、かわいらしい声とともに頭をひっぱられた。
「っ痛――――! 何を――」
 びっくりして振り向くと、月波が黒いもじゃもじゃしたものを持って立っていた。
 黒い――土波に変装するためにかぶっていたかつらだ。
 走ったくらいじゃ外れないよう、ピンをたくさんつけて止めていたのを
力まかせにはがされたのだ。痛いに決まっている。
 あらわになった本来の髪は、オレンジ色の短いくせっ毛だ。

「一年五組、新渡戸隆昭〔にとべ たかあき〕」
「!?」

 彼――新渡戸は驚いて声の主、天波の方を見た。
 遺伝子工学が発達し、それによる染髪技術が開発され、流行したのは、
人世代か二世代前の話。以来、どこの地域でも様々な髪の色、髪質の人々が
横行するようになった。
 オレンジのくせっ毛も、もちろん珍しいものではない。
 なのに、天波は髪を見ただけで正体を見抜いた!?

 いや、そもそも新渡戸と天波に面識はなかったはずだ。それなのに、何故――

 天波の言葉はまだ続いていた。
「所属はたしか――写真部」

 取り囲む側の全員が、「ああ」と言ってうなずいた。
「生徒会役員の写真を隠し撮りして売るつもりだったわけね」
「せこくてあこぎな商売してるんですね」
「せこさのあまり涙がちょちょぎれるなー」
 金波、木波、海波が口々に言う。

 新渡戸は開き直って怒鳴り散らした。
「せこい? 冗談じゃねーよっ。冥波のあくび写真なんか、
数万でセリ落とされたって話なんだぜっ!
 こんな割りのいい商売あってたまるかよ!」

 突然、
 横からぐい、と新渡戸の襟がひっぱられた。
 目の前には氷の視線。
 ずっと本を読んでいた冥波が、いつの間にかすぐ横にきていた。

 ぐっと顔を近付けて、
 押し殺した声で

「ガセだ」

 それだけ言うと、冥波は手を離し、元の席に戻っていった。
何ごともなかったように文庫本を開き続きを読み出す。

 新渡戸の方は硬直したままだ。背筋が未だにぞくぞくしている。
「あの冷徹無感情男があくびなんかしたら、逆立ちでグラウンド一周してあげるわよ」
 新渡戸の味わった恐怖を知る由もない金波が軽口をたたく。

「あくびくらいする」
 ぼそっ。

 ぴしっ。

「うっさいわねー! やってやろ一じゃないのよ、逆立ちで一周くらいっ」
「基本的に金波さんの方がうるさいと思いますけどね」
「木波!」

「結局、」
 金波vs木波の危ない空気再発を、すごみをきかせた冥波ほどではないが、
やはり冷たい声が遮った。

「こいつの始末はどうするんだ?」
 言った水波の視線は、生徒会長である天波に向けられていた。
「そうだな……」

「あ、あの、あんまり厳しいことにすることはないと思うっすよ」
 天波が腕を組み、土波への説明を終えた火波が輪の中に入ってきた。

「何でよー。わたしたち騙されてたのよ? で、プラバシー侵害するような
たちの悪い商売に利用されそうになってた。腹立たないの、あんた?」
「だって……新渡戸くん、机運ぶの手伝ってくれたし、そんなに悪い人だと
思えないっす」

「それだけですか?」
「そ、それだけって……」
 木波の問いに火波が口ごもると、「お人好しねー」と金波。

「土波くん本人もそう言ってくれたし……」
 ちらりと横目で見た火波の視線の先で、土波がこっくりとうなずいた。
「うわっ。お人好しコンビ誕生!?」
「お人好しっていうか……未遂で終わった以上実害はないんだろ? だから……
うーん……無罪放免にしてまた何かするっていうんじゃ駄目だろうけど、
厳しくすることはないと思う」

「実害って……お前ここに来るまで何もなかったのか?」
「何もって?」
 新渡戸の言葉に問い返したのは金波だった。
 しまった! と思うがすでに遅い。

「土波君に他に何をしたのか、しゃべってもらいましょうか?」
 口調だけは丁寧だが、なんだかこわい木波の声。
 冷や汗をたらしながらだんまりを決め込んでいると、「ああ!」と土波が
声を上げた。
「道の途中で高校生くらいの人たちにからまれたんだけど、その事?」

「からまれたって?」
「ここから先は通さんー、とか言って、五人くらいの人が通せんぼしてて……」
「しててー?」
 月波が首をかしげて先をうながす。

「道は通れそうになかったから、塀の上走って振り切ってきた」

「……は?」
 新渡戸の目が点になる。
「そんな顔しないでって。人のうちの塀、土足で上がったら悪いと思って、
ちゃんと靴脱いだんだから」
「……脱いだの? 靴」
「うん!」
 さすがにそれにはあきれた金波に、元気よく返事をする土波。

 聞いていた天波がくすりと笑い、新渡戸の方を見た。
「私がどんな人を役員に任命したか、分かってもらえたかな?」



 春休みが開け新学期が始まると同時に、写真部には、
三か月間に及ぶ部費の支給停止が言い渡された。

   BACK ・ NEXT


学園編目次に戻る
トップに戻る