ページ4...防犯委員長:冥波界...生徒会長:天波空


 水波が突然金波に向き直った。
「な、何よ……」
 じっとにらみつけた後……ふっといじわるげに笑って

「お前が一番そう言いたい相手がそこにいるだろ?」
 左手の親指を、さっきまで見ていた方――生徒会室の後ろに向けた。
「えっ……って、あーっ! あんたいつの間に!?」

 金波は言われた方に視線を移し、人影を認めて大声を上げた。
 その人影がいるのは、先ほど土波と火波が机を移動した時に一つだけ余り、
とりあえずこのはしっこに……、と置かれた長机だった。

 漆黒の髪を、首の後ろの一部分だけ長く伸ばした男で、するどい目つき。
しかし、その視線は大声を上げた金波には向けられず、ただひたすら真下に――
手に持った文庫本に落とされていた。

 ――生徒会防犯委員長、三年一組、冥波界〔くらなみ かい〕。
 特筆事項――無口でものしずか。切れ長の視線が女生徒を虜にする。
 男子にも信者がいることはいうまでもない。呼んじゃう体質というウワサがあり、
かえってそれが神秘的な魅力らしい。

 そしてそして、生徒会美形御三家の二人目!

「あんたねー、教室に入る時あいさつくらい……は、他にもしてないのいるけど……
気配ぐらい出しなさいよねっ!」
「……」
 金波の言葉に、約二名がぴく、と反応したが、最大の標的である冥波は
微動だにしなかった。黙々と活字に目を落としたままだ。

「ったく、あいかわらずネクラなんだから」
 冥波信者が聞いていたら、憤慨しそうな発言をさらりとしてのける。……まあ、
彼女たち(含む彼ら!?)も、「金波が言った」のなら許すかもしれないが。


「姦しい」


 ぼそり、と。
 小さな、けれど低い声がはっきりと聞こえた。

 今のって……
「なんであんたは、そーいう時だけつっこんでくんのよ!」
「……」

 金波が激昂しているのを見ると、やはり冥波の声だったようだ。けれど今は
怒鳴り返すそぶりもなく、彼女の声などどこ吹く風だ。

 冥波が言葉を発することはめったにない。
 そう先輩に言われていた。つまり、貴重な一瞬を逃してしまった。
 うあーっ! 俺はなんのためにここにいると……そ、そ一だ。早く任務を
遂行しなければ……

 土波は周りの様子を確認した。
 冥波はあいかわらず読書。金波はそれに食ってかかっている。水波や木波、
月波、火波はそちらに意識を奪われている。

   今がチャンスっ!

 土波はポケットからそれを取り出すと、窓際にあった鉢植えに手をかけた。
 その瞬問――

   「だいたい集まったようだね」

 すぐ近くの開き戸――ホワイトボードの脇、窓際にある生徒会長室へと続く扉が開き、
一人の人物が姿を表した。
 神秘的な紫の長い髪は癖がまったくないロングストレート。通った鼻梁に細い眉、
じっと見つめると吸い込まれそうな瞳、形の良い唇には穏やかな笑みを浮かべた
その人こそ――

 ――生徒会長、三年一組、天波空〔あまなみ そら〕。

「天波先輩!」
 ついさっきまですごい勢いで冥波を怒鳴りつけていた金波が一転、うれしそうな――
まるで離れていた恋人との再会に歓喜する少女のように、本当にうれしそうな顔と声とで
振り向いた。

 いや、この二人が恋人なんて話聞ーたことないけど……うう……金波さん、
本当うれしそうじゃんか〜っ(やきもち)。

 天波空――いうまでもなく、生徒会美形御三家最後の一人。老若男女問わず
人を引きつける魅力をもつ。カリスマ。幼権部から高等部、果ては大学院の教授まで。
いていいのか、こんな奴! って感じ。需要は最大。
 と、彼の特筆事項は書いた人物の「感想」が特に強かった。

「おはようございます、天波先輩」
「おはよう、金波」
 金波がとんで天波の前にやって来ると、天波は笑顔で答えた。

「……ところで、君は何をしてるんだい?」
 君――土波は自分の方を見られているのだと気づき、はっとした。
天波の目に引き込まれて呆然としていたのだ。
 不覚っ!

 あわてて鉢植えにあてていた手をひっこめる。
「み、水でもやろうかなー……なんちゃって……はは」
「受け皿にそれだけあれぱ十分ですよ。水のやりすぎはかえって根をだめにしますよ」
 笑ってごまかそうとすると、木波が「自然を守る会」会長らしくつっこみを入れてきた。
「そ、そっかぁ。俺よく知らないから……」
 再び苦笑するしかなかった。
 けど、まあいい。設置はもう完了したんだから……

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