天下一品! 七夕伝節編!?
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 昔々、ある所に、かきの種彦アルタイルという名の若者がいました。
 彼は頭があまりよくありませんでしたが、見た目はそこそこかっこいいし
運動神経も入並みはずれていたので、村で一番人気のある若者でした。
 ある日、そのかきの種彦アルタイルの住んでいる村の海岸に、
二人の天女が降りてきま した。

「うわ〜。きれ〜。わたしこんな近くで海見たの初めて〜」
 一人の天女は下界に降りてきたのが初めてで、目の前に広がる大海原に
深く感動したよ うでした。
 潮風に長い黒髪がなぶられていましたが、かえってそれが心地良さそうです。
「あたしは何度か来たことあるわよ。お母さんが海好きだったから」
 もう一人の天女が言いました。彼女は前の天女とはタイプが違って、
粟色の髪のセミロ ングでした。
「ヘ〜。いいな一、わたしも子供できたら連れてきてあげようかな〜」
 黒髪の天女はすっかり童心に返っていました。

 そんな親友の姿を見て、栗色の髪の天女はうれしく思いました。
本来彼女の親友は、下 界に降りていいような身ではなかったのです。そこを二人で頼み込み、
どうにか下界に やって来た甲斐があったというものです。
「けど梨野、目的忘れちゃあ駄目よ」
「あっ。そうだった」
 言われて黒髪の天女一梨野ベガ織姫ははっとしました。
二人は海を見る以外のちゃん とした目的があってここまで来たのです。
「じゃあ……葉ちゃん、この木でいい?」
「うん。いいんじゃない」
 梨野ベガ織姫が手近にあった一本の松の木を指さすと、
栗色の髪の天女―一リング緑野 葉はうなずきました。
 どうやら二人の目的とは、その木を使ってする何かのようです。
 木を決めると二入は、天界との行き来のために着ていた羽衣をはずしました。



 その一時問後、一人の若者が海岸を通りがかりました。
かきの種彦アルタイルです。
 彼は畑仕事から家に返る途中でしたが、女の人の声を聞きっけて
立ち止まりました。村 の人の声だったら聞き慣れていますが、その声は聞いたことのない人のもの
でした。
「一本松の方からかな……?」
 好奇心にかられた彼は、声のする方に行ってみました。

「大丈夫だって。ね。もう少し捜してみよ」
「十分捜したじゃない。もう絶対見っからないわよ」
 近づくにつれ、そんな会話が聞こえてきました。人は二人いて、
片方がもう片方を励ま しているようです。
 かきの種彦アルタイルは声に十分近づくと、草の影からそっと二人を
見てみました。 「――!」
 それを見た彼は驚きました。そこにいたのは、二人の天女だったのです。

 ――といっても、かきの種彦アルタイルは、決して二人が天女だと
分かって驚いたわけ ではありません。天女といっても、見かけはなんら人聞の女性と変わらない
のです。
 ならば、何故おどろいたのでしょうか?
 実は天女の一人一黒髪の天女、梨野ベガ織姫が、かきの種彦アルタイルの
好みにピッ タシかんこんタッタラッタッタッター! だったのです。
『ああ……なんてきれいな人なんだ……。潮風になびく黒髪の少女……』
 彼はすっかり感動し、深いため息をもらしました。

 ガサッ
「!?」
 突然近くの茂みが音を立てたので、梨野ベガ織姫はびっくりして
そちらを見ました。
「誰かいるの!?」
 リング緑野葉も警戒の声を上げました。
「す、すいません」
 ガサガサ
 茂みをかきわけ、かきの種彦アルタイルが二人の前に姿を現わしました。
「オレの名はかきのといいます。そこの道を通ったら、声が聞こえたもので
つい……何 かお困りですか?」

 かきの種彦アルタイルは、ばか丁寧な言葉で二人に声をかけました。
まずは黒髪の少 女にいい印象を与えようと思っただけで、もちろん普段はこんな口調では
ありません。
 二人の天女は顔を見合わせました。天界の慣例では、
下界の人間と遭遇した場合、正体を隠して入間のふりをすることになっています。
しかし、今の状況では、本当のことを話して協力してもらった方が
いいかもしれません……。
 目と目で相談した結果、梨野ベガ織姫がかきの種彦アルタイルに言いました。

「捜し物をしてるんです」
「捜し物?」
「ええ」
 かきの種彦アルタイルが聞き返すと、今度はリング緑野葉が言いました。
「薄い、桃色がかった絹の衣よ。
 海で濡らしちゃってね、この木で干してたんだけど、風に飛ばされたのか
どこかに行っ ちゃったのよ」
「もしこのあたりの地の利に詳しい方なら、どこを捜せばいいか分かりませんか?」
 不安そうに揺れる梨野ベガ織姫の澄んだ黒い瞳に見上げられ、
かきの種彦アルタイルは『めっちゃかわいい一』と感動すると同時に、
『しめた』と思いました。

「なるほど。分かりました。いっしょに捜しましょう。ただし……」
「ただし?」
 不安げに梨野ベガ織姫。
「その後、いっしょにお茶してくれるならっ♪」
「えっ……?」
「何考えてるのよあんた……」
「な、いいだろ。お茶くらい?」
 ウィンクで言われた梨野ベガ織姫はうかない顔でうなずき、リング緑野葉は
すっかりあ きれかえってしまいました。

「おっしゃ! 交渉成立! よろしくな。えっと……」
「梨野です」
「よろしく、梨野」
「いきなり呼び捨てにするの? あんたは」
 あきれ顔のリング緑野葉のっっこみを無視し、かきの種彦アルタイルは、
元気よく歩き 出していました。
 そんな彼の背中を見て、梨野ベガ織姫は、やっぱり罪悪感を抱かずには
いられないので した。
『お茶なんかする暇なく、羽衣が見つかれば、わたしはすぐ天に帰らなきゃ
いけないのに ……』
 天女の存在を下界で白明にさらすわけにはいかない。けれど、
羽衣がなければ天界に帰れない。天女二人は、自分たちの正体を隠して
『捜し物』を手伝ってもらうことにしたの です。
 悪くいえぱ、かきの種彦アルタイルを利用することにして……。



         ※  ※  ※



 そして、陽が沈み始めました。
 場所は再び海岸。捜査というものは、やはり現場での検証が大切だという話から、
三人は戻ってきていたのです。
 つまり、今までどこを探しても見つからなかったということ。そして、
ここでの守備は――

「見つからない……」
 リング緑野葉は、呆然として呟きました。
「もう村中捜したはずだもんな一……」
 さすがのかきの種彦アルタイルも疲れた表情で言いました。何せ本気で
「草の根をかきわけて」捜していたのですから。
 そうして自分たちで捜すのはもちろん、村にいる人にも聞いてまわったり
したのですが、三人は羽衣を見つけ出せないままでいました。

「もう、いいよ」
「え?」
 梨野ベガ織姫がポツリと咳き、リング緑野葉が思わず聞き返しました。
「もういいって……」
「かきのには、もう迷惑をかけられない。
 それに、葉ちゃんだって日が暮れると帰れなくなっちゃう」

「ちょ……何言ってんのよ! 羽衣なくして天界に帰れないのは梨野の方じゃ
ないの!」
「大丈夫。わたしは……」
「大丈夫なわけないじゃない! 今帰れなかったら、あと次に帰れるのは
何年後だと思ってるの!? ううん。羽衣自体が見っからなければ一生――」
「だからなおさらよ。お願い。葉ちゃんだけは先に帰って」
 諭すように言う梨野ベガ織姫。しっかりとした彼女とは対照的に、リング緑野葉は
取り乱していました。
「梨野を残して、一人で天界に帰れるわけないじゃないっ! あたしは――」

 その時、
「――天に、帰るって?」
『!?』
 かきの種彦アルタイルが、首をかしげて尋ねてきました。
 梨野ベガ織姫とリング緑野葉はドキリとしました。内緒にしておくと決めたことを、
思わず口走っていたのですから。

「――そうよ」
 しばらく沈黙してから、リング緑野葉は開き直ったように言いました。
「あたしたちは今日、年に一回の『羽衣清め』の役割で降りてきた天女よ」
「羽衣清め」というのは、年に一度、天女の羽衣を下界の海にさらし、
海を浄化する天界の行事のことです。――といっても、何も知ら)ない下界の者が見れば、
それは単なる洗濯に見えますが。
 リング緑野葉はそんな説明はせず、おおざっばに、
「その時、木で乾かしてた梨野の羽衣がなくなっちゃったのよ」

「帰れなくなるっていうのは?」
「天界のおきてなの」
 今度は梨野ベガ織姫が説明しました。
「『羽衣清め』で天界に降りた天女は、必ずその日の太陽が沈まないうちに
帰らなくてはならない。それができなければ、罰として、数年間人間として
下界で暮らさなければならないの」
「太陽が沈まないうちにって……」

 かきの種彦アルタイルは、今にも水平線にしずみそうな真っ赤な夕日を見て
慌てたように言いました。
 梨野は無言で一つうなずくと、
「だから葉ちゃん、早く帰って」
「だめよ! 梨野一人を残してくくらいなら、あたしだっていっしょに残るわ!」
「大丈夫だって。わたし一人でも……」
「大丈夫なわけないじゃない! どうやって生活するの? 家は? 食事は?
 天界の御殿で暮らしてた梨野が、下界の食べ物なんか食べれるの!?」

 ああ……ゲテモノ扱いされる人間の食べ物がかわいそう。
 まあ、それはおいといて、
 なんとか帰ってもらおうと説得する梨野ベガ織姫。
 彼女を心配し、断固きかないリング緑野葉。
 不毛な言い合いをしているうちに、陽は沈んでしまいそうに思えました。
 しかし、
「――なら、オレの家くる?」

『え?』  第三者の突然の発言に、二人の天女は同時に間の抜けた声を上げました。
どうやら言い合いのうちに、彼一かきの種彦アルタイルの存在を、またもや
忘れていたようです。
「食べ物が口に合わないとかはどうしようもないけど、雨風なら防げるし」
 親切さを装って言う彼でしたが、天女二人は、すぐ彼には下心があると思いました。
 が、

「そうだよ。それがいいよね!」
「梨野!?」
 リング緑野葉はびっくりしました。
『何言ってるの、梨野。こいつが何考えてるか分からないわけないでしょ!』
 彼女は目でそう訴えましたが、梨野ベガ織姫は、
「これからよろしくね、かきの」
 と、かきのに向かってにっこり笑っているのです。

 リング緑野葉は、それが無理をして作っている笑みだということに、すぐに
気が付きました。
『梨野はいつもそう……。なんでもかんでも、自分一人で抱え込んで……
あたしは何でも話して欲しいって、思ってるのに……』
 そして同時に、これ以上意固地になって下罪にとどまれば、
『自分のせいで葉ちゃんまで――』と、返って梨野ベガ織姫が
自分を費めるであろうことを思い出しました。

「――分かった。あたし、天界に帰るわ」
「葉ちゃん――」
 ホッと胸をなでおろす梨野ベガ織姫。
「けどその前に……」
 リング緑野葉は、かきの種彦アルタイルの正面にいくと、彼を
キッとニラミ上げました。
「な、なんだよ……」

 思わず目をそらす彼に、リング緑野葉は、梨野には聞こえない声で、
ただし、すごい見幕で、
「梨野に妙なちょっかいかけたら、絶対あんた天界総出の制裁受けるわよ」
「えっ……」
「じゃ、梨野」
 かきの種彦アルタイルを青ざめさせた見幕から一転、にっこりと、……けれど、やはり
どこか寂しげな笑みを浮かべ、リング緑野葉は梨野ベガ織姫に言いました。
「必ず、また天界で会おうね」
「うん……」
 顔だけは笑顔で、互いに心配をかけぬよう……

 一人の天女が雲の向こうに消えた後、紅い夕日は、足早に海へ沈んでいきました。

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