「では陛下。実際に一日村長をなされるのは明日で、今日は村長の仕事と この村を案内をしますね」 村人こぞりての歓迎のあと、そう今後の日程を説明したのは、リィイラの飼い主である おじさん。名前はテルマンさん。 彼はこの村の副村長なのだそうだ。村長のコンラッドが村に不在であることの方が多いため、 実質的には彼がこの村の代表者といえる。 コンラッドがリィイラを預けたことからも、その信頼の高さがうかがえた。 「いえ、とんでもない! わたしなど酒に強いからという理由でダンヒーリー様に 気に入られていたというだけなのですよ。 それなのにコンラッド村長はわたしにリィイラを預けてくださって……いえ、本当、わたしは ダンヒーリー様やコンラッド村長のあしもとにもおよびません」 と、彼は恐縮してまくし立てたが、リィイラが大事にされているのはふさふさの毛並みが ものがたっている。 毎日世話をしている彼より、たまにしか帰ってこないコンラッドの方が リィイラの中で順位が上であるらしいのを、ユーリは気の毒に思ったほどだ。 (コンラッドには悪いけど) ダンヒーリーだって、なにも酒に強いからという理由だけで、彼を気にかけていた わけではあるまい。 ダンヒーリーとはまったく面識がなく、どんな人物かもろくに知らないユーリだが…… (なんたって、コンラッドの親父さんだもんな) それで十分な説明になると、ユーリは思っていた。 そのダンヒーリーが、ツェリからこの土地を与えられたとき、同時に与えられたのが 「領主の城」である。 村から少し離れた場所にあるその城は、ルッテンベルクで一番大きな 建造物だ。「城」という響きだけからでも、魔王陛下たるユーリはそこに 泊まるべきだと考えるのが普通である。 が、そこのもともとの所有者であるコンラッドの父、ダンヒーリー・ウェラーは、 旅をなりわいとする男だった。 寝泊りするための荘厳な城など、彼には無用の長物だったのだ。 たまにルッテンベルクを訪れることもあったが、そのときは ルッテンベルクの住民に宿を借りれば事足りる(寝床をかしてもらうのではなく、 旅先の話をしたり、ルッテンベルクの近況を聞いたりしながら飲み明かすのだ)。 がために、所有者はあれど使用者のいない城は、いまやホラースポットと 化しているとのこと。 「じゃ、コンラッドも村に来る時は、誰かの家に泊まってるの?」 「いえ。父が俺を連れてここにくるようになってから、ちゃんと泊まれる場所が あった方がいいだろう、という話になりまして。みんなが家を建ててくれたんです」 今夜ユーリが泊まるのは、その家だ。 歓迎を終えた村人たちは(しぶしぶ)それぞれの仕事に戻り、 今その家にユーリを案内しているのは、コンラッドと副村長のテルマン、それに、 コンラッドの足にまとわり続けるリィイラだけだった。 ちなみに、眞魔国王都から護衛をしてきてくれた兵たちはみな、ルッテンベルクの 出身、あるいはそこの人たちと親戚関係にある者ばかり。今は家族・親類と再会し もてなされているか、畑仕事に刈り出されて疲れた体に鞭うたれているいるかのどちらかだ。 「ほら、あそこですよ」 コンラッドが指差した先にあったのは、それまでに見てきた村の家よりは ちょっと大きくて立派な家。 恩人であるダンヒーリーのために、ルッテンベルクの人々が自分たちの家よりも 大きな家を用意しようとしたのは当然のこと。 「――というより、みんなで集まって騒げる場所が欲しかったんじゃないかな」 実際、そこで数度にわたって繰り広げられたお祭り騒ぎを眺めたり、 参加したりしたことのあるコンラッドは笑って語った。 ルッテンベルクが農業に力を入れるようになってからは、農具をしまう 保管庫という役割も果たすようになったそうだ。 一応は「ウェラーさんち」ということになっているが、 実際には村の集会所のような扱いで、コンラッドがいない時でも 寄り合いの会場としてそこが使われるらしい。 その建物の庭では、2羽よりずっと多いニワトリや、ブタ、牛(角は4本だった)といった 地球でも家畜としてありがちな動物たちが、ごちゃまぜになって 思い思いに過ごしていた。 複数あつまってじゃれあっていたり、のんびり昼寝をしていたり、 もそもそと草をはんだり―― 村の中にある家と家との間に柵はないので、動物たちは他の場所にも移動できる はずなのだが、なぜだかその家の前だけ、異様に動物密度が高かった。 突然、仲間とつつきあっていたはずの一羽のニワトリが甲高い鳴き声を上げた。 と、いっせいに動物たちが動いた。 ぐりっ! と首を動かして、彼らの視線が一点に集まった。 おれ!? と一瞬ユーリはあせったが―― 違った。 「すみません、陛下」 隣からコンラッドがささやいた。 「危ないんで、ちょっとさがってて下さい」 「危ないって――」 「陛下。ここは村長にまかせて下さい」 何が危ないのか聞く前に、ユーリはテルマンに腕を引かれ、 たたらを踏みながら後ろに下がった。 だから、何が危ないの? 質問の矛先をテルマンに変えて問いかける前に、それは起こった。 首だけを動かし固まったままでいた動物たちが、次の行動に移ったのだ。 突進。 彼らが首を動かしてまでむけた、視線の先――コンラッドのもとに。 「こ、コンラッド!?」 リィイラ一匹の突進だって、相手が子供なら押し倒されて泣いていたに違いない。 ニワトリはともかく、牛なんぞの――それも、複数の突進が、 犬一匹の突進の非になるなどとても思えなかった。 そんな衝撃にコンラッドがさらされたら―― 「大丈夫ですよ、陛下」 ユーリの肩に手をおいたテルマンが、ユーリを安心させようと語りかける。 「コンラッド村長は、どんな死地からも生きて帰ってくる方なんです」 「……やっぱ死地なんだ、あそこ」 コンラッドの姿は、もはやすっかり動物たちの中にかくれて 見えなくなっていた。 コンラッドによってたかってじゃれついた(?)動物たちは、いくらか時間が過ぎると、 なにやら満足した様子で村の中へと散らばって行った。 アニマルスクランブルの最中も今も、コンラッドによりそい続けていたらしいリィイラと違って 非常にあっさりとした引き際だ。 「すみません、ユーリ。お騒がせしまして」 さわやかな笑顔で謝罪するコンラッドは、はたかれ見れば襲われているとしか思えない 状況を、やはりうれしく思っているようだった。 顔や服が、動物たちの唾液や足跡や、くちばしでつっついた跡で いっぱいになっていようともっ! 「さすがです、コンラッド村長っ!」 副村長は、目じりに涙すらうかべ彼らが村長の勇姿を見つめていた。 「わたしにはとてもまねできませんっ!」 (おれもできねーよ……) ユーリは、心の中でポツリと呟いた。 ルッテン村の真の村長への道は、高く険しいのであった。 つづく。
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