その日、天波空〔あまなみ そら〕(中三)と冥波界〔くらなみ かい〕(中三)は、
ならんで歩道を歩いていた。 九星学院で「美形御三家」と呼ばれる三人のうちの二人である。 すれ違う通行人は、例外なく振り返ってため息をもらした。 当人たちはそんな視線をまったく気にせず歩いていく。注目されることにはとっくに 慣れっこだった。見られない方が返って違和感を感じてしまう。 「冥波、重くないか?」 天波が紫の髪を揺らして尋ねた。 二人は生徒会の仕事で買い出しに来ており、両手に大きな紙袋をぶら提げていた。 他の生徒会役員たちは「生徒会長自らが行かなくても自分たちが……」と言っていたのだが、 「役職がなんであれ生徒会役員に代わりはない」、と言って断った。 そもそも、店から配達を頼むという手段もあったのだ。そうしなかったのは、 めったに二人で出かけてくれない恋人と、いっしょに街に出る口実がほしかっただけ。 「別に……」 視線を合わせず答える冥波。 愛想のない顔だな、なんて思いつつ天波は笑っていた。 冥波が自分と目を合わせない理由を知っているから。 『お前と目をあわせると口元が緩むんだよ』 これまでの15年間、ずっと「無口で無表情」で通ってきた彼としては、 今更他人にそんな顔を見られたくないというのだ。 ――私以外には。 冥波――の笑顔――を独占していることがうれしくて、天波は笑っていた。 「今度は変装でもして出かけようか?」 「……変装?」 「そう。だったら、誰にも気兼ねなく笑えるだろ?」 「……」 「それとも、知り合いが誰もいないような所に行くとか……」 天波の言葉を遮り、背後で車のクラクションが鳴った。 せっかく冥波を世界一周旅行に向けて口説こうとしているのに、迷惑なタイミングだ! 天波は内心憮然として振り返った。 クラクションを鳴らしたのは、赤いオープンカーだった。きれいにワックスがけをされた ボディーが眩しく光る。こんな車で「ドライブでも行かないか」とナンパされれば、 たいていの女性は一も二もなく頷いてしまうのではないだろうか。 もちろん、乗っている男が相当な不細工でなければだが…… 車はゆっくりと進み、二人に並んだ。 「よっ。久しぶりぃ」 ――「たいてい」改め、「それまで最愛と言ってきた恋人といっしょに歩いていた 女性までもが」一も二もなく頷くな、これは。 片手を上げて挨拶をした運転席の人物を確認し、天波は訂正した。 長い翡翠色の髪を後ろで束ねた男。鋭いが愛嬌もある目。すっと通った鼻筋。 ラフなティーシャツから出る腕や顔が多少日焼けし、健康的な色気を出している。 年齢は天波たちよりもいくらか上――天波たちが美少年と呼ばれるなら、彼は美青年だった。 「天波、元気だったかー?」 男はもう一度言った。左手はハンドルを持ったまま、右手をドアの上につきニヤニヤしながら。 「お久し振りですね、海波〔かいなみ〕さん」 「なんだよ、そんなかたっくるしくしなくても……」 そこで男――海波は、天波と並んで立っている冥波の存在に気づいたようだった。 「お連れさんがいるんじゃ失礼だったな。じゃ、天波、また今度な」 海波はそう言うと、すぐに車のエンジンをふかして見えなくなった。 「……誰だ? あいつは」 さっそく冥波が尋ねてきた。 天波の顔をじっと見つめ――いや、睨み付ける。そうすれば口元が緩む、などと言っていたのに、 今の冥波の口は、しっかり真一文字に引き締まっていた。 「父さんの会社が取引をしている会社の重役だよ」 天波はこともなく言ってのけた。 「社長の一人息子も、将来のために取引先の相手とは仲良くしとかなくちゃいけないってね」 「……それにしては親しすぎないか?」 「ああいう性格の人なんだよ。初めて会った時からあんな風だったよ」 冥波が険をはらんだ瞳でじっと見つめてくる。 天波はすました顔を浮かべる。 「……分かった」 言って視線をそらした冥波。 ――全然分かってくれてない口調だなぁ。 そう思いながらも、天波はやっぱり笑ってしまっていた。 冥波の、こういうところがかわいくてたまらない。 |