第2話 見えない明日1
 自分はこれから、どうやって生きて行こう……

 土波景〔つちなみ けい〕(中一)は、九星〔クボシ〕学院中等部校舎の廊下で、
大きなため息をついた。
 適度に刈られた黒髪の後頭部で、対照的な真っ白いハチマキが揺れていた。
 時刻は8時25分。30分から始まるホームルームにぎりぎりの時間帯だった。

 ――教室、入りたくないなぁ……

 いつもなら、とっくに教室に入りクラスメイトたちとわいわい騒いでいる時間なのだが、
今日は彼らと顔を合わせたくなかった。

 昨日、あんなことがあった後では……

「あぁ……」
 うかつにも昨日の出来事を頭の中で再現してしまい、土波は絶望のうめきをもらした。
 今でもあんなことがあったとは信じられない。信じたくない。あれがただの悪夢だったら
良いのに……日付は間違いなく一日進んでいたし、何より自分の体が感触を覚えていた。

 うわーん! そんな記憶いらないよーっっ!

 壁にもたれたかかった土波は、心の中でだだっこのように大泣きしていた。
今の気分では友人たちにいくら話しかけられてもたいした受け答えはできないだろう。
間違いなく不審がられる。そして友人思いの彼らは尋ねるのだ。
「何があったの?」と。

 答えられない。答えられるはずがない!

 土波はふたたびため息をもらした。



 昨日の昼休み……
 土波は生徒会長の天波空〔あまなみ そら〕(中三)に、生徒会室に来るよう 呼び出された。
 天波は、神秘的にきらめく紫の長い髪と瞳の美少年。
その瞳でおだやかな微笑を向けられれば、女性は思わずうっとりと息をはき、
男性すらも思わず頬を赤らめる!

 九星学院中等部の生徒会長は専用の校内放送回線を持ち、自由に生徒を呼び出すことが できた。
 生徒会役員全員が呼び出されることもあれば、それぞれ役員の仕事に関する事で
一人ずつ呼び出されることもあった。
 土波は今度も「ノート書記」として呼び出されたのだと思い、生徒会室に向かった。

 けれど、天波が呼び出したのは、生徒会役員のノート書記ではなく、 土波景という無垢な少年だった。

 土波はそこでキスにも種類があることを知った。
 辞書よりも確実で印象的な、実体験という方法で。

 そしてキスというものが、必ずしも男女で交わされるのではないということも。

 土波は本当に純粋だった。


 男が男を好きになることがあってもいいのか!?
 自分の容姿はそんなに女の子に見えるのか!?


 そういった疑問を土波に抱かせる事件が、昨日はもう一つも起こっていた。
 今度は放課後の保健室だった。
 生徒会副会長の水波流〔みずなみ りゅう〕(中二)。
 水色の涼やかな瞳、同じ色のさらさら長い髪のいうまでもなく美少年。
生徒会長天波空と似た印象の美貌を持つのは、二人がいとこ同士という間柄にあるからだろう。

 廊下で土波とぶつかり気絶させてしまった水波は、五、六時間目返上で、
つきっきりの看病をしてくれたのだ。
 それは良かったのだが……

 水波は、目を覚まして帰ろうとした土波を抱きしめるなんてことをやらかした。

「今度うちに来てくれるかな?」とまで言った天波とは違い、水波自身も自分の行動に
疑問符を浮かべている様子であったが、土波にはそんなこと関係ない。


 また男に女相手にするはずのことをされてしまった――
 そして自分も、男に抱きしめられて心拍数を上げてしまった――


 …………。
 ちっがーうっ! それは俺が水波さんにと……と、ときめいたとかじゃないんだーっ!
 いきなり変なことされてびっくりしたからそーなっちゃっただけなんだーっっっ!

 土波は人けの無い廊下でぶんぶかと首を振った。


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