ページ1...体育部部長:火波炎
春うらら生徒会発会式――九星学院中等部、第一校舎の四階……。 少年は、春休み中に届けられたメモの内容を反芻しながら、その扉の前に立った。 黒い髪、黒い上着に黒いズボン。明るいこの季節にはあまり似っかわしくない いでたちだ。 ――集合時間は午前七時。原則は五分前行動、と……。 上着のポケットから時計を取り出して見てみる。六時三十分。遅刻に関しては 問題なさそうだ。 ちょっと早過ぎた気もするが、大は小を兼ねる。早起きは三文の徳。 かえって良いくらいではないだろうか? これなら十分、計画は実行できるはず。 はあ……、すう……と一回深呼吸。 それでも心拍数は勝手に上がっていく。 少年は少しうつむき、白いハチマキをぎゅっとしぼり直した。 「よっし」 言って上げた顔は小学生のようなあどけなさ。けれど眉はきりりとひきしまっている。 黒い瞳の奥にはさっきまでの緊張や不安はない。変わりに期待と希望、ついでに 好奇心の輝きがともる。 気持ちの入れ替え、完了! 少年は、自分の新たな活動領域、生徒会室の扉に手をかけた。 「おはよう! 早いっすねー」 びくうっ! 背後から…突然声をかけられた。 せっかく気持ちを入れ替えていても、こんな不意打ちをされては意味がなかった。 おそるおそる振り返ると、まず目に入ったのはパン屋のように真っ白な服。 少年は背が高い方ではないのだ。視線を上にずらして、やっと相手の顔が目に入った。 面長の顔に短く刈られた赤い髪、太い眉の下で両の目が優しく微笑んでいた。 ――生徒会体育部部長、二年六組、火波炎〔かなみ えん〕。 少年は心の中で呟いた。 春休み中に届けられたのは集合日時の書かれたメモだけではなかった。 もう一つ、新年度生徒会役員名簿という冊子が同封されていた。 そこには新生徒会役員のクラス(もちろん新年度の)、名前、役職などが 写真入りで載っていた。 「一年の土波景〔つちなみ けい〕くん、っすよね?」 「は、はい!」 確認で尋ねてくる相手に、少年は――少し慌ててはいたが――元気な声で うなずいた。 「オレは生徒会長の天波先輩に頼まれて早めにきたんすけど、土波くんは?」 長机の片側を持ちあげながら、火波が尋ねた。 「えっと……ちょっと、緊張しちゃって目、覚めちゃったから……」 少年――土波と名乗った少年は、同じ机のもう片側を持って照れくさそうに答えた。 本当の目的を悟られるわけにはいかなかった。 「そっか。一年でいきなり生徒会だもんね」 (いや……九星の生徒会の場合、一年から三年間ずっと役員やってるのが普通で、 二年とか三年とかから役員になる方が珍しいと思うんだけど……) 内心そんなっぶやきをもらしながら、彼は「珍しい」相手に笑ってうなずいた。 廊下で短い自己紹介をした後、二人は生徒会室に入り、火波は生徒会長に 頼まれていた会場の準備を始めた。見てるだけではきまりが悪いと手伝いを申し出て、 今は二人で机の移動をしている所だ。 生徒会室には最初長机が四つ、二列にして並ぺられていたのだが、火波はそれを 机三つのコの字形にするよう頼まれていた。 最初それを聞いた土波はコの字の立て棒の部分が後ろなのかと思ったが、 反対でそちらが黒板側だった。 けど……天下の九星学院生徒会役員が会場準備の力仕事をやってるなんて、 ちょ〜っと情けなくないか? 文化祭でも体育祭でも、生徒会役員は現場監督で 力仕事は他に任せるもんだと思ってたのに……。 いっしょに机を運ぶ火波を観察してみるが、同じ不満を抱いている様子はまったくない。 「分からないことがあったら聞いてね。っていっても、オレも生徒会に関しては初心者な んすけど」 なんてにこやかに話しかけてくる。 考えてみれば、もともと一人で会場準備させられるはずだったんだよなー、この人。 机が見た目ほど重くないっていうのはいいけど、よく平気で引き受けたもんだ。 「……平気でパシリやりそうなタイプ」 「? 今何か言ったっすか?」 「いえ、何も」 じゃあ空耳か、と言い、火波はそれ以上追求してこなかった。 |